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10時間ソファに座っているだけのテレビディレクターの一日

テレビ番組のディレクターをしている、と自己紹介すると
「動画編集の仕事?映像系の大学行ってたの?」とか
「機械に強いんだね!」とかよく言われる。

テレビといえば、キラキラしたテロップ、派手なCGや効果音を想像する人も多いだろう。

結論から言うと、
僕は大学で映像編集はおろか、機械について何も学んでいない。
通っていたのは文学部人文学科。
この上ない、ゴリゴリの文系である。

卒業論文のタイトルは「南方熊楠の考える『萃点』と環境倫理」である。
おもんなさそ〜!という声が聞こえてくる。
実際、全くおもんなかった。
おもんなかったし、分かりにくかった。
卒業論文の発表会といえば、教授や大学院生から
「素人質問ですが、、、」という枕詞とともに、
ちくちく嫌味を言われる行事だ。
僕もそう思って、緊張しながら発表の日を迎えた。
『南方熊楠の考える「萃点」と環境倫理』は、脅威の質問0だった。
一人30分の発表時間を、12分も巻いて終わった。
司会をしていた厳しめの教授が
「まあ質問がないほど素晴らしい、良くできた論文だったと、、、」
という謎のフォローを入れていて、虚しさしかなかった。

同級生の卒業論文、
「漫画『ルックバック』の表現修正は正しかったのか?―フィクションに対する向き合い方の倫理の構築―」は30分では到底おさまらないほど議論が盛り上がっていた。
俺もあんなん書けばよかったわ。

話を戻します。
こんなドスベリ論文を、大学生協で買った超低スペックパソコンでぽちぽち書いていたような大学生が、なぜ卒業からわずか2年ちょっとでテレビ番組を編集できているのか。

理由は簡単。
ほとんど他の人がやってくれてるからである。

僕が現在担当しているのは、約30分の全国放送の番組。
スタジオ収録はなく、ロケだけのスタイル。
一人のディレクターが、週替わりで担当することになっている。

ロケに行って映像を撮り、帰ってきて編集したのは紛れもなく僕である。
だが厳密に言えば、僕がやっているのは編集ではなく「仮編集」である。

何時間もあるロケの素材を、使う部分だけ切りとって繋いでいく。
こっちのカメラ変なとこ撮ってるから別角度のカメラ使うか〜、とか
この人の話長すぎるからカットするか〜、とか考えながら映像をつなぐ。

このコメントはおもしろいからテロップにしよう!とか、
説明足りてなさすぎるからテロップで補足しよう!とかもディレクターが考える。そして仮テロップを、めちゃめちゃ地味なフォントと色でVTRに入れる。
これが仮編集である。

そう。
キラキラテロップを入れたり、かっこいい効果音を鳴らしたり、リアルなCG入れたりしてるのはディレクターではないのだ。
約30分の番組で、僕がデザインしたテロップは一枚もない。

仮編集した動画は、ポスプロという場所で、テレビで流れるような映像に生まれかわる。ポスプロとは、ポストプロダクションの略。仮編集した動画を仕上げる専門の場所である。

あらかじめつくてほしいテロップやCGをリストにして渡しておく。
テロッパーと呼ばれる人が、テレビっぽいテロップをどんどん作っていく。
そのテロップを、横で作業している編集マンがかっこいいエフェクトと一緒にVTRに入れていく。作業が進むにつれ、僕の質素な仮テロップが、ザ・テレビのキラキラテロップへと生まれ変わっていく。

この作業、僕の担当している番組でも10時間くらいはかかる。
その間のディレクターの仕事は、後ろのソファに座って見守っているだけである。このテロップの出し方どうしますか?とか質問されることもあるが、
毎週放送している番組だと、そのほとんどがテンプレ化しているので、基本的に滞りなく進んでいく。作業中は基本無言である。
めちゃくちゃ暇である。

勘の良い方なら気づいただろう。
いま、ポスプロにいます。
この国で流れるテレビ番組を、私は作っています。
目の前でせっせと働く2人を眺めているだけですが。

密室で代わり映えのない作業がずっと続くが、休憩イベントがある。
昼食である。ポスプロにもよるが、僕がいま居るところは昼食が出る。
担当の人が適当に昼食を買ってきて、編集室まで持ってきてくれる。
いつもはだいたい、ほか弁やらガストの弁当である。
だが、今日のは一味違った。

部屋に運ばれてきたのは「とろ〜り3種のチーズ牛丼」3つだった。
僕は今まで「とろ〜り3種のチーズ牛丼」を食べたことがなかった。
すき家では「ねぎ玉牛丼」や「高菜明太マヨ牛丼」を頼むことが多い。
そして、例のネットミームのせいで、より敬遠してしまっていた。

若い女性のテロッパーさん、ベテランの男性編集マンの3人でテーブルに座り、運ばれてきた「とろ〜り3種のチーズ牛丼」を食べることになった。

テレビ局の人は信じられないほどのコミュニケーション能力をお持ちの方が多いが、ポスプロで働く方は無口な方が多い。(僕の偏見です。すみません。)
例に漏れず、今日の担当の方は2人とも無口だった。

僕は無言の食事に耐えきれないタイプなので、ちょくちょくしゃべりかけてみる。
「チーズ牛丼食べたことあります?」
「ないね」
「ないです」

会話が終了した。

喋るのは諦めることにして、目の前のチーズ牛丼を味わうことにした。
食べてみてびっくりしたことがある。

思ってたより重たい。
ボリューム満点。
食いしん坊の味。

これ、だいぶアクティブな食いしん坊しか食べきれないんじゃないか?
なんでこれがあんな形でネットミームに?
スマホを取り出して例の画像を検索してみた。

え?並盛りじゃないやん。
特盛りで温玉付き!?
こんな華奢な感じでめちゃくちゃ食いしん坊やん!

心のなかでツッコんでしまった。
悪意の込められたワードになってしまっているが、本当にこの注文している人がいたら羨望の眼差しである。
「食欲旺盛アクティブ男性」の代名詞になっていてもいいくらいにボリューミーだった。

「チーズ牛丼、けっこうボリューム満点じゃないですか?」
「そうね」
「そうですね」

一度会話が終了したにもかかわらず、再度話しかけてしまった。
よく見ると、2人ともチーズ牛丼をちょびっと残していた。
そして2人とも、パソコンの前に戻って作業をはじめた。

進捗でいうとまだ半分くらい。
全部テロップを入れ終わっても、まだ最初からVTRをチェックする作業が残っている。
まだまだ先は長そうだ。

「チーズ牛丼」について本気出して考えてみることにした。
「ほんとにチーズ牛丼の特盛温玉乗せが好きな人、頼みづらくなっただろうな」
「そもそも3人分牛丼買ってくるんなら3種類別の牛丼買ってきてよ」
「3つ揃えるにしてもシンプルな牛丼だろ、チーズ牛丼だけはないだろ」
「もしかして僕が、チーズ牛丼好きそうに見えたかな?」

考えるのをやめた。
僕の卒業論文くらいつまらなかった。

僕はテレビ番組のディレクター。
キラキラしたテロップも作れないし、ド派手なCGも作れない。

「とろ~り3種のチーズ牛丼」を食べてnoteを書くことはできる。

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