悪夢が告げる罪

 夜。眠れなくて家を出た。もう日を跨いで1時間は経つと言うのに、外は街灯と建物の明かりでキラキラとしていた。
 コンビニで、エナドリと菓子パンを流れるような手付きで取ってレジに向かった。電子マネーでさっさと支払いを済ませて帰宅する。
 誰がいる訳でもないので乱雑にドアを閉めて、テレビを付けてアニメを見始める。深夜特有の変に昂ったテンションのせいで、1人でゲラゲラと笑ったり、酷く泣き始めたりして忙しい。
「……何やってんだろ」
 エナドリ1缶が尽きた頃、唐突な虚無に私は支配された。恋人も居らず、親や姉とも疎遠になった孤独な私は、ふとした時によく虚無を感じる。自ら孤独になることを選んだというのに、独りでこんなことをしている私が虚しくなってくるのだ。
 いっそ恋人を作ってしまえば楽なのかもしれない。そう思うときもあったが、おそらく私がお荷物に成り果てるだけのことだ。特策ではないだろう。
 それに、今まで十分他人に甘えて生きてきた。もうこれ以上は、他人に甘えてなんていられないし、許されない。それなら、候補をまるきり潰してしまった方が後々楽なのだ。
 長く溜め息を吐く。もう日の出まで時間がない。そろそろ無理にでも眠りに就かなければならなかった。
 市販の睡眠薬を規定量の2倍取り出して、水と共に胃へ流し込む。これが安心材料にはならないが、無いよりはマシだろう。
 冷たくなってしまった布団に身を滑り込ませて、目を閉じる。落ち着きを知らない脳内を無理に抑え込むように、私は身を縮めて布団を被るのだった。

 ふと目が覚めると、そこは暗い部屋の中だった。いや、黒い、と言った方が適切だろうか。触れている面が辛うじて床だと分かる程度で、その他は何も分からない。何処までが床で、何処までが壁か。そして何処からが天井なのか。それもよく分からないのだ。
 闇の中から声が聞こえる。くぐもった様にも聞こえたそれは、段々はっきりと聞こえる様になってくる。いつしか、耳に流し込まれた音。脳にこびり付いて、落とそうにも落とせなくなったその言の葉達。
「なんで私ばっかり我慢しなきゃいけないの?!」
「我儘ばっかり言わないの!」
「迷惑をかけるのをもう辞めろ!!」
 家族の怒号が闇の四方から聞こえる。私はそれらを、耳を塞ぐこともせずただぼんやりと聞いているしか無かった。
 これが私の罪だから。
 彼らは私に罪状を読み上げてるに過ぎないのだ。絶対に逃れては行けない罪。だからこそ、私はただ聞いて、ただ受け入れることしか出来ない。
 「ごめんなさい」の一言がするりと出てこない私の喉は罰すべきなんだと、根拠もなく思った。私は、どうしてこうも悪い子なのか、良い子になれないのか。そんな疑問だけが脳を満たしていく。
「ごめ、なさい……
 我儘ばっかりでごめんなさい、我慢させちゃってごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……」
 うわ言のように繰り返す「ごめんなさい」に意味はあるんだろうか。それでも、やっと出てきたその言葉を繰り返させずには居られなかった。言わなければいけない、というような義務感が私の首を締め上げる。空気が通らなくなった喉は音を出すことが出来ずに、掠れた音を意味もなく吐き出すだけになってしまった。

 その辺りで目が覚める。今までのは、夢。
 眠っていたはずなのに、酷く疲れている。体が怠い、喉が渇いている。
 重い体を叱咤して起き上がらせ、水分を取るためベッドサイドに置いてあったペットボトルを持ち上げた。刹那、するりと手から抜け落ちる。バシャ、と音がして、ペットボトルの中で水が踊る。
 それは、私の出来損なさを嘲る様でもあった。
 ボトルと同じ体勢になっているのに気付いた頃、私の意識は再び闇の中へ戻されていった。

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