憧れのレッド・チリ・カーペット
アーンドラプラデシュで2番目に大きいとしヴィジャヤワダから電車で1時間半ほどのところに、グントゥールというインド最大の唐辛子の生産地があります。
ケーララのスパイスマーケットで、「唐辛子はどこから仕入れているの?」と聞くと、このグントゥールの名前をあげる商人も少なくありませんでした。
ケーララとは違い日本人観光客はもってのほか、観光客自体がほぼいないエリアですが、この唐辛子を求めて、中国や中東、アフリカまで、様々な国のスパイス商人たちが訪れるのです。
グントゥールに降り立ってホテルにチェックインをするや否や、急いで街に出かけます。というのも、この日は金曜日。翌日はクローズしてしまうスパイス業者もいると予想されます。
Google Mapを頼りに、近くのマーケットを歩いていると、店先で唐辛子を販売している卸売店が立ち並ぶエリアに差し掛かりました。英語ができるスタッフは全くいないので、ひたすらに翻訳ツールで質問をしてみました。けれども、唐辛子農家との繋がりがある店舗は皆無。おそらく、オークションで買い付けているか、その先のバイヤーから仕入れているか、どちらかだろうと予想しました。
スパイス農家とのネットワークが見つからずに、少し不安になっていましたが、とにかく足で稼ぐべく、次は近くのスパイス輸出業者を訪ねてみることにしました、
Google mapを頼りに歩いていると、農薬屋さんがたくさんある通りの先に、その業者はありました。二階のオフィス階段で登っていると、後ろから大きな若い男性がやってきました。
私は少し緊張して、前のめりに日本から来てスパイスのリサーチをしていることを英語で伝えた後で、
「Can you speak English?」
と聞くと、彼は
「Sure」
とだけ答えて、私をオフィスの奥へと案内してくれました。
彼の名前はラマさんと言って、なんとこの輸出業者の代表でした。そして、私の取り組みの話を聞いてくれた後、丁寧に事業について話してくれました。
聞くと、彼は4代続く唐辛子カンパニー「Guntur Mirchi」の代表で、ひいおじいさんが事業を創設し、その後を継いだそうです。最大の輸出先は中国のようですが、それ以外の国にも輸出をしているそうです。卸市場を通じて農家から唐辛子を仕入れ、チリパウダーの他、シーズニング用のパウダーやマサラなどの加工品も製造販売していました。
さらにユニークなのは、彼が始めた新たな取り組みとして、農薬の使用量を半分以下にするために、「Integrated Pest Management (IPM)」日本語で、総合的有害生物管理農業用の虫取りの装置も開発しているそうです。面白いことに、先代の彼のお父さんは農薬の製造販売もしていたので、そのカウンターとなるビジネスではあります。しかもこのプロジェクトは政府も支援を行っていて、日本の政府が関与しているというのです。ラマさんの取り組みを実際に見たいと伝えると、その翌日、畑を見学させてくれることになりました。
約束した11時にオフィスに向かい、代表の部屋に通されると、地元の人には見えない風貌の男性が2人先に座っていました。どうやらその2人はグジャラート州から来たスパイスのバイヤーのようで、タイに輸出するためのシーズニング用の唐辛子を探しているとのことでした。
そこで、彼らと一緒に卸市場とパウダーの加工工場も見学させてもらえることになりました。卸市場は「グントール・ミルチ・ヤード」と呼ばれるアジア最大の唐辛子の市場でした。土曜日は取引がないため、買い付けに来ているバイヤーはいませんでしたが、たくさんの唐辛子が既に運び込まれていました。そこには選別をしに来ている女性の労働者も数人いて、傷んだ唐辛子をより分ける作業をしています。深く息をするとむせ返ってしまいそうな空気の中で、淡々とした作業が続けられます。
唐辛子の加工工場に行くと、大きな機械で種やヘタなどのダストの部分を取り除いて、パウダーにする装置がありました。私が訪問した時には、安価な唐辛子をパウダーにする加工をしていましたが、クライアントの要望に応じてハイクオリティから安価なものまで加工して販売しているそうです。
最近は新しい種類の唐辛子も仕入れているそうで、表面が縮んでシワがたくさんあるタイプの、香りが強く辛みが弱いタイプのものでした。ただし、その価格は2倍になるそうで、その理由は収穫する時間が2倍になるからという、労働賃金に比例したものでした。
多くの農家は、掛け合わせのハイブリッドの品種の唐辛子を取り扱っていて、その種はライセンスを持った種の事業者から取り寄せて、発芽して育てているそうです。私が滞在しているホテルの周辺にもたくさんの種屋さんがありますが、インドの種事情についても調べてみたいと思いました。
ラマさんが契約している農園に行くと、広大な敷地に同じ品種の唐辛子がたくさん植えられていました。苗が収穫できるまでに成長してから120日間は新たな実が成り続けるそうです。その後、終わりのステージに近づくと、その年の苗は終了して、また次の年の苗を育てます。
労働者は地元の主に女性たち。収入は一日400ルピーで、収穫量は40kgにもなるそうです。この地域は綿とタバコの栽培と製造を筆頭に、様々な農作物の栽培が盛んで、村によっては90%以上が農業関連の仕事をしているのだとか。唐辛子の収穫シーズンが終わると、そうした別の農業の仕事をしているのかもしれません。(ちなみに日本のタバコの輸入先第一位はインドで、これも日本政府が輸出を支援しているそうです)
農園から道路を挟んで向かいに、真っ赤に広がる赤い絨毯。まさに私が見たいと思っていた、レッド・チリ・カーペットがそこにありました。向かいの農園で収穫した唐辛子を運び込んで、晴れた日で10日間天日で乾燥させた後、マーケットに出すという流れになっていました。そこでは20名ほどの女性たちが、唐辛子の選別作業を行なっていました。炎天下の中でしたが、とても明るい声で嬉しそうに私の方に手を振って歓迎をしてくれました。
砂の上の作業ですが、作業で混在した砂は、出荷の際に重みで次第に落ちていくのだとか。チリパウダーの場合は、機械で粉砕する際に不純物が取り除かれるそうです。
週明け月曜日、私は再びラマさんとグントール・ミルチ・ヤードに向かいました。この日ラマさんが入札したのは100袋×50kgの唐辛子。ラマさんによると、これでも少ない方で、彼が要求したプライスに対して、高値を提示する農家が多かったのだそうです。途中で買い手も売り手もキャンセルでき、入札が確定したら、金額を支払い商品を引き取る仕組みになっています。ヤードへの出店は区画を購入する形で行うことができ、ラマさんは自分たちの農園で育てた唐辛子の販売も行っていました。
シーズン中は1日に16億ルピーの売り上げるというグントゥールの唐辛子。しかし、卸市場ではオーガニックのアイテムは販売されておらず、大量生産型の商品が中心となっていました。ラマさんにオーガニックの商品の展開について尋ねると、
「もちろん、オーガニックの商品も可能だよ!カスタマーが求めればの話だけどね。」
と話しました。消費者が商品を作る。というのは、まさにこのことで、求めなければ生まれないということを、ラマさんの言葉を通じて改めて考えさせられたのでした。