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よ太郎姫

Princess Yotaro

Text Hola Angero
Illustration Toshikazu Ozawa

あまり知られていないことだが、株式会社菓道が製造、販売しいている「蒲焼よ太郎」は、スケトウダラ以外に少しだけ変わった原材料を使っている。それはニカラグア運河に棲息する、モモイロオオサンショウウオのすり身だ。実は「蒲焼よ太郎」の鮮やかな赤色は、モモイロオオサンショウウオの体組織の色に由来するものだ。


ニカラグア運河は、フランスが計画したパナマ運河が開通する際に、対抗馬としてアメリカ合衆国が計画した運河だ。1910年代当時、この計画が頓挫したのは、ニカラグアが誇る秀峰・モモトンボが活火山であり、その噴火が怖れられたからに他ならない。工事は150kmまで進められたが中止となり、使い道のない水路が、モモイロオオサンショウウオの繁殖地となった。


モモイロオオサンショウウオの長老、マツイーは、当時ニカラグア運河開通を心待ちにしていた一匹だ。「何千トン、何万トンという客船や貨物船が通り過ぎるさまを思い描くだけで、儂の胸は高鳴った」マツイーは長い、すでに銀色になってしまった睫毛を伏せてためいきをつく。「だが、計画が頓挫して100年もたった今、あの夢が再び甦るとは! 諺にもあるように、長く暮らせば星も生まれるものだ」2014年にニカラグア運河計画が再浮上、2019年の完成を目指して建設を再開した。


100年来のマツイーの願いが叶うかと思われた2015年の春のある日のこと、モモトンボ山が身震いをした。ぐらりぐらりと大地を揺らしたかとおもうと、その火口から何万トンもの火山弾を吹き上げ、国じゅうに灼熱の弾丸を降らせた。そのいくつかは旧ニカラグア運河にも到達し、マツイーたちモモイロオオサンショウウオの上にも着弾した。


ところでモモイロオオサンショウウオは、死に直面すると胆嚢から特殊な物質を分泌する。この物質は、京都大学の松居忠孝教授によって万能薬であることが証明され、ドクデトリンというきわめて駄洒落めいた名称がつけられた。火山弾は無念のマツイーを押し潰し、100年以上成長し、肥大し、熟成したマツイーの胆嚢から濃厚なドクデトリンが分泌され、マツイーの体を鮮やかなピンク色に染めた。


株式会社菓道は、その亡骸を拾い「蒲焼よ太郎」の原材料として使用する。マツイーのドクデトリンが配合された「蒲焼よ太郎」は、ニッポンのカントウエリアに流通し、セブンイレブン西新宿7丁目店で販売される。そして難病で近くの病院に入院している少女(「蒲焼よ太郎」が大好物なので、「よ太郎姫」のニックネームをもつ)の口に入る。今、マツイーの特製ドクデトリンは、「よ太郎姫」の五臓六腑に沁みわたっているところだ。


PICTURE BOOK STUDIO #003
2024.11.9


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