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金の龍を背に乗せて

かつて会社の同僚の中に、河川や地下水の水みちが描く軌跡のことを、龍脈と呼んでいた人がいた。
だいぶベテランだったその人は、その地域特有の地形や龍脈の良し悪しを読み取っていたように思う。
一直線に流れ落ちる滝、河川のうねり、そして隙間をぬって走る地下水脈は、まさに龍の名にふさわしい。

水の土木屋である私は、その龍脈を流れる水を拝借させてもらい、その水を必要とする農家の人へ届けている。
だからおこがましいかもしれないが、ドラマの『Dr.コトー診療所』の主題歌である、中島みゆきさんの『銀の龍の背に乗って』は、水の土木屋のために作られた応援歌ではないかと思う。(実際は、銀の龍はメスのことで、手術に挑む医師を描いたものである)

そんな私の最大のコレクションは、『銀の龍の背に乗って』いる猫ならぬ、『金の龍を背に乗せて』いる猫である。
吉田一也さんという陶芸家の方に、特注して作っていただいたものだ。
その時は、実家を離れたばかりで、社会人として独立して日も浅く、購入する金銭的な余裕もなかったはずなのに、どうしても手に入れたいという欲求に駆られてしまった。

金の龍を背に乗せて

この作品のオーナーになった経緯について、お話ししようと思う。

発端は、実家近くの百貨店で、吉田さんの個展が開催されたことからはじまった。
吉田さんの作る、本物そっくりの猫の陶芸の美しさに驚いた母から、連絡をもらった。
その頃は、全く陶芸に興味がなく、ましてや特段猫が好きだった訳でもないし、フットワークも軽くなかった。
なのになぜか、吉田さんの作品を見たくなり、彼のアトリエのある京都に向かった。
現在、アトリエは移転したと風の噂で聞いたが、当時は、鞍馬山近郊の叡山電鉄の駅からほど近い場所にあった。

吉田さんの工房は、誰もいなかった。
工房の扉は開け放されていて、中は綺麗に整えられていた。机の上に作りかけと思われる粘土の塊が転がっており、その後ろに大きな窯があって、いくつかの作品を乾かしていた。

工房横のアトリエには、吉田さんの義理の両親がいた。とてもあたたかい人たちだった。
「はるばる大変だったでしょう」と、お義母様は、お茶とお菓子を出してくださった。
当時、吉田さんの奥様と、そのご両親は布作家をしていて、アーティストの一家だった。
ご両親は、この地にアトリエを構えた理由を「いい龍脈が流れていたから」と、語った。
私には分からなかったが、清んだ水が流れる所は、土も、木々も、草も、花も、何もかも、質が高いのかもしれない。

私が吉田さんの作品を見に来たことを伝えると、各地で個展を開催してる期間はほとんどが出払ってしまうらしい。
だが、作品の猫、数匹がお留守番をしていた。そのうちの一匹が連れて帰ってと、ミャーミャー泣いていた。いや、正確にいうと、ほとんどの人が、そう聞こえると錯覚するのではないだろうか、というほど精巧に作られていた。
結局、情がわいて、連れて帰ってしまった。

連れて帰ってしまった猫

それから数ヶ月後、もう吉田さんの作品と出会うこともないかと思っていた時、例のアトリエから吉田さんの個展の案内状が届いた。
そのハガキに印刷されていた作品の、美しさと力強さに驚愕してしまった。それが、初代『金の龍を背に乗せて』だった。
ところが、それがかなり大きく、当然ながら高価で、私の手が届くものではなかった。
だが、どうしても欲しかった。
それで、私にも買える価格で、小さめにと、直接お会いすることもなくメール等でやりとりしてオーダーしたのが、私の『金の龍を背に乗せて』である。

この作品を送ってくださった後、吉田さんは、小さいサイズでうねった龍を製作したのが初めてで、割れないように苦労したことと、素材を工夫したことを教えてくださった。
そこから学んだことは、普段気付いていないけれど、私の仕事の中にも活かされているはずである。

『金の龍を背に乗せて』いる猫は、興福寺の阿修羅像のごとく、360°、どの角度からみても飽きることなく美しい。

背面(金の龍を背に乗せて)
右側面(金の龍を背に乗せて)
左側面(金の龍を背に乗せて)

この作品を私に送ってくださった後くらいから、吉田さんは、元々凄かった腕前を急激に上げられた。
そして、一気に、私の手が届かないところに進んでしまった。だから、あの時、オーダーしたのは間違いではなかったと確信している。

『金の龍を背に乗せて』いる猫を眺めると、私も金の龍を背に乗せているかもしれないと思う。
そうするとなんだか、毎日、進むべき道の羅針盤となって、勇気をもらい、強く逞しく生きていられている気がする。

(完)


本記事中に出てきた楽曲は、下記のとおりです。


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