おばあちゃんのかしわめし
私の故郷には、名物のかしわめしがある。
確かにそれも美味しい。でも、それよりも、もっともーっと美味しいのが祖母が作ってくれた、かしわめしだ。
それは、きっと敵う人はいないと信じている。
私の母方の祖母は歯に衣きせぬ物言いをする人で、だいぶん変わった面白い人だった。
面白いということは、どれだけここで描いたとしても、本人がいなければ、その面白さは決して伝わらないと思うので止めておく。
祖母は、看護師をしていた。だからか、非常に病院嫌いで、一度、揚げ物の油をひっくり返して腕に浴びて大きな火傷を負ったが、自分は元看護師だと、病院にもいかず今までの経験と勘で完治させた。
とにかく肝っ玉母ちゃんのような人で、食べるのが好きで、とても太っていた。
小さい頃の私はとにかくガリガリで、愛情を上手く表現できないために口が極端に悪い祖父からは、鶏ガラとからかって呼ばれていたこともあった。
祖母と幼かった頃の私は、手を繋いで買い物に度々行っていた。そして、デブデブとガリガリの対比がすごく目立ったのであろう。
心ない女性から、
「みてー、あのばあさん、ふとっとぉー」
と叫ばれたりしたこともあって、ふたりで、失礼ねぇ、と憤慨しながら買い物することもあった。
そんな祖母だが、若い頃はたいそうな美人だったので、私は大抵の人は祖母に敵わないだろうという自信があったし、何より小柄でふっくらした手を握って歩くことは、安心感があり、自慢の祖母であった。
さて、その祖母の料理の腕前は、かなり悲惨なものだった。
祖父の塩辛いものが好きという好みに合わせたと思われる料理、例えば味噌汁や玉子焼き等は度を越した塩辛さかと思えば、全く味がしないこともあったりしたし、白ご飯には金束子の破片が入っていたりした。
ある日、6歳くらいの私が一人で祖父母の家み泊まっていたときのことだった。
「夜は、なに食べたい?」
と聞かれたので、
「肉うどん」
と答えたら、夕飯はそれを作ってくれた。
ところが、祖母の太い髪の毛が入っているし、お汁は味がしないし、うどんは煮えてなかった。
私は何だか悲しくなって、しくしく泣いてしまった。
それに気が付いた祖母は、全く怒らず、うどんをそっと三角コーナーに捨てた。
「代わりのご飯、作ってあげるから、おじいちゃんには絶対に言っちゃダメだよ。」
その意味が小さい私にはよく分からなかったけれど、私は頷いて祖父には伝えなかった。
代わりに作ってもらったのは、炒飯だったと思うが、子どもながらにご飯を無駄にしたという罪悪感と、おばあちゃんに悪いことをしたという気持ちから、味わって食べたという記憶は全く残っていない。
祖母の味がぶれない唯一の得意料理は、かしわめしだった。
それを思い出した私は、翌日はかしわめしにして欲しいとお願いし、希望どおり、かしわめしを味わい尽くした。
具はかしわと、人参、牛蒡、刻み揚げで、味付けは醤油と味醂を入れて、炊飯器のスイッチを押して炊くだけのような感じがするが、これが微妙な水分の調整と調味料の加減が難しい。
私の母は、料理が上手であるが、母もこの味は全く出せない。
祖母は、大雑把なはずなのに、全く狂いのない、美味しくて毎回同じ味のかしわめしを炊き上げていたのはどういうことだったのであろうか。
今となっては、知る由もない。