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2021.10.08

その声は、何処にも居ないのに、幼い頃見ていた祖母の庭の芝生のように私を慰める

それでもそれは、何処にも居ない

大人は、私達が思っていたような大人ではなく、子供が子供の思想と道徳のままただ大きくなったそれであることを、感じる度に信じることを辞めたくなる

誰から生まれたとか、誰から愛されて、誰から貶され、踏み躙られ、騙され、それでも愛されようとしたかの足跡が、私の頭蓋骨に沿って手を繋いで踊る

信じさせて、助けてと言わせて

笑わせようと、悦ばせようとしないで

そこに居て、そばに居て、

私も所詮、私が想像していた大人にはなれず、子供のままずっと、叶えられなかった子供としての役割を引きずったまま、バス停で母親を探している

私が探している知らない母親か、或いは信頼か、木漏れ日のさしこむ芝生か、或いはあなたにすべて伝えるべきだったすべてのことは

もう何処にも居ないのに、毎朝わたしに耳打ちをする

どうかどうか生きていて

生きていたらまた会えると思っているから、何処かになら居るかも知れないから

物干し竿にぶら下がって、待っているから

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