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遊牧民のスペシャリティ


狩猟民族、遊牧民族、農耕民族、自分のタイプはどれですかと聞かれたら、あなたはなんと答えますか?ワタシは迷わず遊牧民族だと答えるでしょう。では、その遊牧民のこれまでの軌跡を追いながら、想像もしなかった未来への道を遡ってみます。

ノマドワーカーになりたい

ノマドワーカーという働き方、いいな。
フリーランスよりもっと自由に時間や場所も選ばずに、自分の持っている専門性を武器にして稼ぐ働き方なんだそうですね。
ワタシは、同級生達がリクルートスーツに身を包んで一生懸命就活していた最中に、会社に就職したくなくて農業実習に行って高原野菜を収穫していました。
その実習先で、待ちに待った一報を受け取りました。選考結果合格の知らせでした。就職活動をせずにワタシが選んだ社会人生活の第一歩は、国際協力で南米地域に赴くこと。そしてついにその切符を手に入れた瞬間だったのです。

 さあ、ノマド生活への第一歩だ!

期待に満ちあふれ、ここからノマドへの長い道のりがスタートして行くのでした。

新卒の研修生だった

気候風土も文化も異なる土地では、生活は全てが目新しく、刺激的でした。洗濯機やテレビのない生活、木の伐採や薪割り、営農調査での農家訪問、そして毒バチに刺されたり、蟻の大群に襲われたり・・・。

南米の大地

しかし、勤務場所や取り組むプロジェクトは全て決められていました。農業技術支援という仕事が、ワタシに与えられた役割でしたが、新卒で飛び込んだワタシが思い描いていたものとは全く違いました。ワタシにはまだ専門的な熟練した技量がなく、プロジェクトを率いることもできないし、現地の技術者の後に付いて回る日々だったのです。当然と言えば当然ですよね。
ただそれよりも、国際協力事業が想像以上に組織の仕事だったことが、意外でした。会社員はしないためにこの道を選んだのに、大企業の新卒社員かのような生活に思えました。ワタシは、ノマドとは程遠いお勤め仕事に翻弄され、任期が終わる頃になっても自分が密かに思い描いていた農業移住計画は、ほとんど形にならないまま帰国の途に着きました。

スペシャリストになるために

南米大陸にまで行って新入社員を経験し、帰国して中途採用で会社員になった遊牧民のワタシは、夢に燃えていた心のくすぶりがなかなか消せませんでした。

 まだ何も極められていない
 まずは極める仕事を見つけたい

と、専門技術を追い求めていました。

 農業のように地理的な条件に縛られないものも探してみよう
 その方が遊牧民らしいかもしれないし

英語を使用することが多かった職場で二年が過ぎようとした頃、通信教育で勉強していた翻訳を本業にできないかと考え始めました。今の会社を辞めて翻訳会社に入って下働きから始めようと、
 ”翻訳者、翻訳アシスタント募集”
という求人に何件も電話をかけました。ところが、どの会社からも「経験者を募集しています」と門前払いをされ続けます。

 やっぱり勉強しただけじゃダメなんだ
 ワタシはいつまでも新卒だ

せっかく極めたいと選んだ仕事を見つけたのに。
経験を積んで、スペシャリストになって、
ノマド生活を実現させようと思ったのに。

フリーランスになれたけれど

勤めていた会社で、翻訳をやりたいという意思を上司に伝えたところ、ちょうど製品のカタログやマニュアルを自前で翻訳していたから、その業務をやってみなさい、と棚ぼた式で仕事が降りて来ました。勉強だけではなく実務に就かせてもらったおかげで、実践的な翻訳技術を身につけていくことができました。数年後には雇用形態を業務委託にしてもらって、ワタシは晴れてフリーランスという働き方を手に入れました。

駆け出しのフリーランス翻訳者は、一日中調べ物に明け暮れ、1ページも仕上がらなかったり、納期を達成できそうもない時は依頼を断ったりしました。フリーランスの収入の不安定さを実感し、結婚して共稼ぎになり二馬力の収入源があったことを、本当に有り難いと感じました。在宅でできる翻訳業は、家事や育児との両立がし易いとも言われていますが、とても何かをしながらできるような仕事ではなく、肉体労働並みに体力を必要とし、その割には単価は決して高くはなく、著名な文芸翻訳者にでもならない限り、これ一本で生計を立てられるようになるには、相当な年月を費やすと覚悟しなくてはなりませんでした。

不安定な収入を補完する目的で、隙間時間には翻訳以外の仕事もしました。少しでもスペシャリティにつながりそうなものにしようと、派遣会社に登録してできるだけ専門的な単発の仕事を探しました。しかし、これ!とトキメク職種に出会うこともないし、選択肢は限られているので、まるで霧に覆われた崖の上から垂らされた誰(何)かが下ろしたロープを掴んでは、微かな期待を込めて手繰り寄せ、上っていくような気持ちでした。専門的と言われていた派遣業務は確かにレアでしたが、どれも極めたい魅力には届かず、臨時収入を得るだけの日々が過ぎて行きました。

派遣社員でも会社員

幼かった子供達も学校生活を送るようになったある日、突然家族解散の危機に遭遇しました。離婚を決め、一人で家計を担うことになったのです。この急転直下の一大事に、極めたい分野を考える余裕など一気にどこかへ吹っ飛びました。まずは今月の収入を確保することがワタシの最大のミッションになってしまったのです。言わずもがなですが、安定収入を得るにはサラリーマンになることが最も現実的で選択し易い方法でした。
崖の上から垂れ込めていた霧はどんどん広がって崖ごとすっぽり包み込み、やがてロープは一本も見えなくなって、真っ白な世界にぽつんと立ちつくしているワタシがいました。そんなワタシとは裏腹に日々の生活は押し寄せ、進路が見えないまま、とにかく歩き出すしかありませんでした。

 今日からサラリーマンをします!

と宣言して、いきなり正社員になれるはずもありません。一応チャレンジはしましたが、ワタシに門戸が開かれたのは派遣社員という働き方だけでした。仕事検索をしていると、かつてワタシが手当たり次第にたぐり寄せていたロープの先にあった事務職を見つけました。専門性の高い分野だからなのか一般事務よりも時給が高めだったので、迷わず応募しました。

 一応、経験者だもんね。熟練とまでは行かないけれど。

すんなりと仕事はスタートしました。実は、この職種に就いたことがこの後のワタシの人生を支え続けることになるとは、この時はまだ想像もしていませんでした。不思議な運命の歯車が回り出したことも知らず、小指の先ほどのスペシャリティを武器に歩き出したシングルマザーは、自分の夢とは無関係の新たな世界へ導かれるように進み始めました。

リクルーターが望む人物

派遣社員のワタシは面接で志望動機など聞かれませんし、労働力を提供する立場なので、組織にフィットした人物像であるかは重要視されません。
ワタシが持っている性質として、新しい形や考え方を模索してしまう癖、つまりフレッシュな草木の茂る土地を求めて移動する遊牧民の行動は止まることがありません。特にゴール設定しているわけでもなくただ、より良いところを探し求めているだけなのです。
心の赴くままに、探索の移動を始めてしまうワタシは、時にエライ役職に就く方々に褒められることもありました。
 ”現状に満足せず、業務改善を試みる真摯な姿勢”
 ”周囲を巻き込んで改変を厭わないリーダーシップ”
といったような、リクルーターが求めそうな人物像に近く見えたのかもしれません。改変なのかイノベーションなのかそんな用語は知りもせず、ワタシは遊牧していました。
一方で、会社の中での遊牧は、保守層に疎ましがられたりもします。派遣社員の分際で何を勝手にやり始めようとしているのか、と思われたに違いありません。

大人しく、じっとしていることは、ワタシにはかなりの苦痛を伴いました。
そんなワタシにもチャンスは突然訪れ、派遣先の会社で正社員登用の声がかかりました。真っ先に心に浮かんだのは、収入を増やせるかもしれないという切実な期待でした。

おちこぼれ正社員

正社員になっても、遊牧民気質はしばしば暴れ出します。

 同じ処で、草の根まで食べ尽くさずに
 豊かな草と水のある処に移動したら良いのに

と、勝手に移動を始めたがります。
独自にカスタマイズした手順やシステムを考案するのは、ワタシにとってとても心地良く、ワクワクするものでした。やり易くなるのだから悪いことではない、と信じて疑わず、豊かな草原を求めていました。ところが、ワタシが想像するよりはるかに多くの人が変化を好まない気質を持っていて、変わることへの抵抗が強く、やり易いかどうかを意識するより、変えないことに価値を見出していることを知りました。
「今まで通りにやって」
と暗黙の圧力が襲ってくると、ワタシは囚われの身になったように意気消沈してしまうのでした。

ワタシの遊牧民気質は、一所に居続けなさいという抑圧には我慢がきかなかったため、今度は転職という形で移動を始めました。転職では、役職も給与も比例しながら上がって行き、家計を力強く支えてくれました。一方で、変化に慎重な抵抗勢力はどの会社にも存在し、ワタシは移動を繰り返さなければ自分を解放できないジレンマに陥り、世に言う”ジョブポッパー”というネガティブな印象と闘うことになって行きました。

移動を繰り返して上る道

迷子かもしれない

収入も肩書きも上がり、生活が安定する一方でますます移動を阻止されるばかりか、専門性の修練よりも組織の管理責任が優先されていきました。たまたま垂らされたロープを掴んで、偶然にもそれを武器に必要に駆られて始めた会社員生活。収入を確保するために続けるしかなかった職種で経験が積み上がっていくと、次第に専門家だと思われ始めていく不思議な現象が起きました。そんな成り行きのスペシャリティは、まったく実感のないものでした。そしてそのスペシャリティを武器にすると、限られた範囲でしか遊牧できないもどかしさもありました。
 ノマドの心はどこへ行ったのか
 そもそも私の願いって? 
 希望って? 
 何だったっけ?
移動を制限され続けたワタシは、迷子になってしまいました。

ノマドの心

ワタシにとって未来とは、想像した通りにはならない世界でした。
自分の想像を裏切り、あらぬ方向に進んで行くものでした。
ただ、抗えない運命の流れの中でも、変わらずに存在し続けたのは”変化を楽しむ心”で、ワタシはそれを手放すことができなかったのです。
遊牧をやめられなかったワタシは、多くのチャンスに出会いました。
新しいこと(場所)を求めて移動する遊牧民の自由を捨てないまま、会社という組織で過ごしました。決してお手本からは程遠い会社員だったかもしれないけれど、そこで鍛錬したスペシャリティは、個人事業も営めるほどにレベルアップしました。やっと会社という門を出て、本当に自由な自己責任の世界に繰り出すことができるようになりました。

ワタシが自身でやれたことは、唯一、ワタシという民族を尊重することくらいだったかもしれません。ワタシの本当のスペシャリティかもしれない遊牧の技と、ちゃんと仕事として認められる成り行きスペシャリティとが融合して、はじめて今の形ができた気がしています。
かつてあれほど夢見た農業でもなければ、翻訳でもなく、決して自分からは選ばなかったはずのスペシャリティだけれど、かつて持ちたいと切望していた専門技術が自分の中で育っていました。

思い描いた通りにならない道を進んでいるときにできることは、自分の性質を大切にすることくらいかもしれないですね。
それは、どんなに横道に逸れても、いずれまた戻ってきてしまう場所なのですから。

今、ワタシは回想しています。
小指の先ほどの武器が、やがて黄金の武器になっていく未来に不可欠だったもの。
それはワタシの体の底から湧いてくる遊牧民魂でした。

  遊牧民 × スペシャリティ = 未来

この組み合わせ無くしては、私の今現在のスペシャリティは存在していなかっただろう、と思わずにはいられません。

さあ、また新しい場所へ!

遊牧を続けたいワタシは、きっとまた新たなスペシャリティの種を探しに行くと思います。

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