中南米旅行記 1989 その④
感心した出来事
*良心*
メキシコのユカタン半島にあるメリダという町は、有名なリゾート地「カンクン」にほど近い都市です。
メリダのホテルでとても感心したこと、そしてうれしく思ったことをご紹介します。
ある朝のことです。ホテルのレストランで朝食をとり、出かける準備にかかろうとしていたときのことでした。財布の中身を数えると、今日の分は足りるだろうと思っていた所持金が全く足りないのです。とっさに、「なくしたか?」、「盗られたか?」とさまざまな心配が頭をよぎり、体がすーっと冷たくなるような不安を感じました。
落ち着きを取り戻そうと努力し、頭の中を整理して時間をさかのぼり自分の行動をたどってみました。
「あっ」と思いつき、瞬間的にがっくりと気を落としました。
私のミスだったのです。さっきとった朝食で自分が支払うべき額は6000ペソ。(当時でいうと2500円くらい)ところが、慣れない外貨をよく確認もせずにボーイに手渡したため、51000ペソ払ってしまいました。つまり5千ペソ札と5万ペソ札を間違えたのです。5万ペソといったら、メキシコ料理の2倍はする日本料理をたくさん食べられる金額です。自分のミスを悔しく思いますが、もう取り返せるはずのないお金です。レストランのボーイは知っているはずです。私が間違えて渡したことを。知りながら黙って受け取ったのです。
きっと差額は今頃ボーイのポケットにおさまっているはずです。彼は今日大変な臨時収入を手にしたのです。
私は「ダメでもともと」とつぶやきながら、肩を落として暗い気持ちでレストランへおりていきました。そうせずにはいられませんでした。あきらめきれずに。
ボーイは何事もなかったようにレストランにいました。まずは声をかけ自分の失敗を説明しました。
もちろん証明するものは何一つありません。ボーイの返事は「見てみましょう」と言うことでした。
一応素振りだけでもしてくれるのか。とむなしい気分から抜け出せずにいると、キャッシャーの確認を終えた彼はこちらに戻って来て言いました。
「私はそのまま受け取っただけなので、よく見てみましたら箱の中に入っておりました。」
と差額が手渡されたのです。
「受け取っただけ」なんてあるはずがない。それでも返してくれるんだ。私は驚きのあまりしばらく我を忘れてしまいました。
これが日本だったら、「お客さんこれ多いですよ。」と渡した時点で返してくれてもおかしくないですが、やはりここは外国。
しかも中南米です。「スキあらば・・・。」という南米気質が当たり前のところなのです。
南米のパラグアイで2年半も暮らしていると金銭をめぐる騙し合い、取り合いにかけての生存競争の厳しさは生やさしいものではないと身にしみています。
一度自分の手を離れたら最後、もはやわめこうが叫ぼうが、返っては来ないと思っていました。
「知らない」「受け取った覚えはない」と言えばそれで終わりなのです。
彼の良心か、道徳心だろうか、あるいはスレていない純粋さだったのか、わかりません。
何が私にお金を返す行動に導いたのでしょうか。
南米でスリに遭遇したり、うっかり忘れ物をして盗まれたりしては、自分の危機意識の希薄さに、はがゆい思いを味わってきた私ですが、久しぶりにすがすがしい感謝の気持ちにひたらせてもらいました。
日本人は危機感がなさすぎ、南米人は道徳心がなさすぎる場面がよく見受けられましたが、どちらも気を付けていかなくてはいけないですね。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?