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米やめました④ 足立式

食品交換表の無理ゲーぶりに困り果てていた頃、足立香代子『医師が信頼を寄せる栄養士の糖質を味方にするズルイ食べ方』という書籍を手に取る。そこにはのっけから「カロリー制限や糖質制限は管理栄養士の大罪」と書かれており、私は闇に沈んだトンネルの出口が見えたような気分になった。やはりあの管理栄養士の言うことは全て正しいわけではなかった。

とは言うものの、栄養指導の折に「前に来た患者さんに、毎食もの凄い量の野菜を食べ続けて治っちゃった人がいて、あれは真似できないと思った」と話していたことを思い出して、年末年始は蒸しキャベツを食べ続けていた(見た目の異常性もSNSで大いにウケた)。大量摂取のために容積を減らしたいが、炒め油を避けたいことと、茹でると栄養分を失うような気がして、蒸しに落ち着いたのである。一度に大量の蒸し野菜を作ってストックする方法は現在も続いている。

上記の通り、足立氏はカロリー制限と同時に糖質制限についても否定的であるが、それは一旦措いて、真の目的がカロリー制限ではなく血糖制御であることを本書でようやく理解した。血糖値の急上昇と急降下、血糖スパイクが問題なのであり、特に食後高血糖に注意すべきである。

その上で、食品を制限するのではなく、食べる順序を正しくすれば、多少のカロリー超過があっても問題の食後高血糖を防ぐことができる。食後血糖値の上昇度合いを示すGI値もこの本で知った。食後1個のキウイフルーツが血糖スパイクを防ぐともあった。『足立式』に従うと、次のような順序で食べることが望ましい。

食物繊維→脂質・タンパク質→炭水化物

さらに食後のキウイがあれば言うことはない。いわゆる三角食べはNGであり、理想的なのはコース料理だが、丼ものや麺料理の場合は不都合が生じる。カツ丼ならば先にカツをあらかた食べ終えてからご飯に着手する。タンメンならば先に野菜を片付けて……となるが、丼もの、麺料理の食べ方としてこれは間違っているとしか思えない。

何より早食いは血糖制御的にもよろしくない、ということであれば、足立氏は数々の食べ方のアイディアを挙げてはいるものの、丼とか麺類とはそもそもの相性が良くない気がする。かような無理をして麺を食べるぐらいなら、いっそ食べるのを諦めるか、年1杯ぐらいにするのが良い。糖質制限を始めた後では尚の事そう考えている。

よって年明けからは麺料理も一切口にしていない。事前に何の覚悟もなくいきなり食べられなくなってしまったのは残念だが、未練がましく別れを告げるよりは、いきなり関係を解消してしまった方が(後述する禁煙の経験からも)楽と言えば楽なのだった。

ラーメンが年1杯だとして、死ぬまでに食べられるのは20杯なのか30杯なのか、ともかく具体的な数字が見えてくると、いきおい悲観的になりそうだ。しかし考えてみればそこまで重度の麺好きでもなかったし、むしろ現役モデルならば当たり前の生き方だと聞くに至り、モデルでも何でもない中年男は安堵した。

あるいは、多くの店でこんにゃく麺が選べるようになれば、再び麺料理を食することに何の躊躇もない。各店はどうかご一考頂きたい。

実際の私は悲観的になるどころか、社会に対する反逆精神と、自分の身体を使ったバイオハッキングという遊び感覚を楽しむようになっていた。この頃は専ら、大量の蒸し野菜と塊肉のローストまたは自家製サラダチキンをストックして、ひたすら飽きもせず食べ続けるようになる。

当初は『足立式』に倣って食物繊維→タンパク質→炭水化物→あればキウイ、という順番で食べていたが、いつの間にか炭水化物が脱落していた。もはやご飯のおかずというものがないので、米がなくても不都合はなくなったのだ。こうしていつの間にか糖質制限に突入していたというのが経緯である。

我が家では米は5合まとめて炊いた後、100gごとに小分けにして冷凍していた。こうした一連の作業が面倒臭くなったことも米離れをした一因である。そのうちに妻もつられて米を食べなくなってしまい、冷凍庫にはいつ炊いたか不明の米飯が未だに居座っている。場所を取るので困っている。妻の実家から頂いた米もまだ1袋あるが、失礼ながらこれも場所を取る。

栄養指導から2ヶ月後、血液検査の結果は基準をクリアした。HbA1cが6.6%から6%になったということで、糖尿病予備軍からは離脱したが、どうにか基準値上限に入った段階なので、引き続き経過観察に移行となった。

「随分頑張りましたね!」と医師からはお褒めを頂いたが、何か運動をしているのかと聞かれて「自転車通勤を始めました」と答えると「え?逆に?」と返された。自転車通勤はむしろ運動量が減ると思ったようだ。

私が通販で購入したのは俗にミニベロと呼ばれる20インチの機種で、変速機を持たないシングルギアである。つまりやたら漕がないと走らない。ママチャリと比較しても1.5倍ぐらいだろうか。その代わりに漕ぎ出しも楽、かつ素直に加速するのが楽しい。

職場までは片道およそ4kmに過ぎないが、そのうちにどこに行くにも自転車を使うようになってしまった。脚に筋肉がつくことで、当初は殺人的と思われた坂道もサドルに座ったまま登れるようになった。こうなると自転車に乗っているというより、脚力と自転車が一体となって走っているという感覚になる。都内何処でもミニベロで爆走するのは見た目に珍妙な気もするが、こうして年明け以降、雨の日を除けばほとんど電車には乗らずにいる。

しかし血液検査よりも明らかな変化があった。年初から1ヶ月ほどで何と体重が8kg近く落ちたのである。きつかったジーンズも余裕で穿けるようになった。

一見大した労力もなしに、わずか1ヶ月で結婚当初の体形に戻った私を見て、妻は喜ぶのではなく「ふざけんなー」等と罵り、そのうちに私と同じような食生活になった。ただ、妻の場合は元々が適正体重だったようで、体重そのものはさほど変化せず、それが不満であるらしい。現在では夜ごと友人らとのオンラインエクササイズに没頭し、着実に筋肉の割合いを増やしつつある。

そうこうするうちにコロナ禍が訪れた。ところが我々の生活そのものには大した不都合は生じなかったのである。人混みを避けようにも元々電車には乗らないし、米やパスタやコーンフレークなどの愚かしい買い占めが発生しても、そもそも食べないから何の影響もない。それ以前に、私は一足先に「この世の終わり」を体験していたので、謎の優越感に浸っていたぐらいである。

次いで糖尿病外来に通っていた病院で集団感染が発生した。大惨事からしばらくして、外来予約を延期する連絡があった。次回の検査は約半年後の8月である。