「いってきます」と「いってらっしゃい」がつながるとき。
保育関連の記事の場合には、個人の特定につながらないように配慮して書かせていただいております。どうぞよろしくお願いいたします。
保育園の朝。
子どもたちはさまざまな表情で登園してきます。
その表情から今日の子どもたちの体調を把握し、「おはよう!」とスキンシップを取りながら体調を確認。
そして、保護者の方とお話をしながらお家での様子等をお伺いします。
保護者の方はお仕事の時間がありますから、短い時間の中で、しっかりと子どもたちの様子を把握する必要があります。神経をつかう時間ですが、とても大切な時間です。
お支度が終わり、保護者の方が子どもに声をかけます。
「○○(子どもの名前)、お仕事いってくるね。いってきます!」
「いってらっしゃーーーい!」
「ばいばーい!」
子どもたちの声が保育室に響きます。
この瞬間。できるだけお互いに笑顔の時間になるように心がけています。
しばし離れ離れになる親子。
お互いに離れる瞬間の顔が頭の中に残ると思います。ならば「笑顔」が頭の中に残っている方が良いかなと思うからです。
とはいえ、毎日笑顔で元気に挨拶を交わせるわけではありません。
朝から涙涙。涙があふれて止まらない。
そんな日もあります。
「いやだいやだ」と体全体を使って、涙・鼻水・汗を出しながら…全力で泣いている我が子に対して、保護者の方は心を鬼にして背を向け、お仕事に向かわなけばいけない。
こんなつらいことはないと思います。
後ろ髪を引かれる思い
まさにその通りだと思います。
登園時の子どもの涙が続けば続くほど、この言葉をよく聞きます。
連絡ノートに辛い想いを書いてくださる方もいらっしゃいます。
「後ろ髪を引かれる思い」というのは例えの言葉ではあるけれど、きっと子どもたちは本当に…お母さんやお父さんの後ろ髪を「ぜったいに!はなさないもん!」とぎゅーっと握って引っ張っているのではないかなと思います。
ぎゅっと手を強く握りながら、全力で泣く姿には毎回心が痛みます。
保育士として年数を重ねても…この瞬間の切なくて激しい泣き声は、慣れることはありません。
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2歳児クラスに新入園児さんとして来てくれたのがEちゃんでした。
1歳児クラスで定員になりそのまま持ち上がりで進級しますので、2歳児クラスで新入園児さんが来ることはほぼありません。
クラスの子どもたちは新しいお友達が嬉しくて嬉しくて…一番末っ子の小さな妹という感じで優しく丁寧に接してくれました。
Eちゃんは、最初の頃は割と控えめの涙でしたが…いろいろ察知したのだと思います。
本保育がはじまると、登園から降園時間までずっと…Eちゃんの大きな泣き声が保育室に響き渡ることになります。
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Eちゃんは、朝一番、保育園の開園と同時くらいに登園します。
遠くからEちゃんの泣き声が近づいてきます。
園の門を入ったお知らせが入ると、クラスでEちゃんを待ちます。
だんだんと大きくなる泣き声。
お母様がなんとかなだめながらこちらに向かってくるのが分かります。
「Eちゃん、おはよう!」
笑顔でEちゃんを出迎えます。抱っこをすると、全力で体を動かしながら嫌がり…抵抗します。
お母さんが朝の支度が終わり、Eちゃんの体調等様子を確認。
「先生、すみません…今日も一日よろしくお願いします」
保育士に挨拶をすると、お母さんは必ずすることがあります。
激しく泣きながら手をぎゅーっと握りしめているEちゃんの手を包み込むようにそっと握ります。
そして「Eちゃん、いってきます」としっかりとEちゃんの目を見て声をかけます。
泣いている子どもを前になかなかできることではありません。でも、このようにきちんと声をかけてからお仕事に向かうこと、「いってきます」という言葉は実はとても大切なことなのです。
この声かけは必ずつながるときがきます。「いってきます」と出かけたお母さんが「ただいま」と帰ってくることに気付き、納得するようになるのです。
でも、とても心が苦しくて痛いことです。だから保育士側からそれをお伝えするのはなかなか難しい場合が多いです。
Eちゃんのお母さんは、こちらがそのようなお話をする前から、どんなにEちゃんが泣いていても必ず声をかけてくださいました。
Eちゃんの泣き声は、このタイミングでピークになります。
激しくて大きな泣き声を聞きながら、お母さんはお仕事に向かうことになります。
どんなに辛いことでしょうか。
我が子が、「まってー」と泣き叫ぶのを背にしなくてはいけないのです。
このような状況になってしまうこと。保育士として毎朝ひたすら申し訳なく思います。
Eちゃんと信頼関係をつくること、「保育園ってなかなかおもしろいところね」と思ってもらえようにすること。
Eちゃんが安心できるよう保育士皆で日々ミーティングを重ねながら、Eちゃんとの関わりを深めていきます。
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Eちゃんは、飲み物を飲むとき・睡魔に負けて数分だけ目を閉じるとき、それ以外はずっと泣いていました。
毎日毎日。登園から降園時間まで。
ある日のこと。
いつものように涙いっぱいのEちゃん。
でもふと…泣きながらお友達の姿を追うような仕草がみられました。今まではなかったことです。
その後も、周りを気にするような姿が何度も見られました。
そして、大きくてよく通る泣き声のボリュームが心なしがすこーし小さくなる時間が増えたように感じました。
***
翌日。
いつものように、遠くから聞こえるEちゃんの泣き声。涙がいっぱいになっている様子が目に浮かびます。
クラスのお部屋に到着し、いつものようにEちゃんを迎え抱っこします。
「Eちゃん、おはよう!」
お母さんがお支度を終え、いつものようにEちゃんの手を包み込むように握ります。
「Eちゃん、いってきます」
いつものように泣き声がピークに達します。
ああああああああああああーーーーー!!!
あああああああああー!!!
…ぁぁぁぁぁ…………。
…………。
あれ?泣き止んだ…??!
思わず振り返ったお母さんと目が合いました。
すると、
いつもぎゅーっと握りしめていた手を開き、バイバイをしています。
??!??!
お母さんがEちゃんのところに戻り、手のひらを向けると、パチンっとEちゃんが手を合わせタッチしました。
お母さんはもう一度声をかけます。
「Eちゃん、いってきます」
「…………しゃい!(いってらっしゃい)」
この日。お母さんはウルウルしながら、笑顔でお仕事に向かいました。
Eちゃんはそのまま日中も落ち着いていました。
少しだけおやつを食べました。
少しだけお給食を食べました。
いつもよりちょっと多めにお昼寝をしました。
***
午後の時間。
保育士として少し欲が出てきてしまいます。
この姿をお母さんに見てもらいたい。
でも、これはわたしたちの勝手な想い。変なプレッシャーをEちゃんに与えてしまわないように平常心を保ちます。
あと30分。
あと5分。
Eちゃんのお母さんが門を入ったお知らせが入ります。
後にお母さんが教えてくださいました。
いつも保育園に預けたあとは、駅までの道のりずっと泣いていました。
でも。駅まで、と決めて仕事に向かっていました。いつも「仕事を辞めた方が良いのでは…」と悩みながら仕事に向かう日々でした。
泣かずに手をタッチしてくれた日。
嬉しくて…結局また駅までの道のり泣いてしまいました。でもとにかく嬉しくて嬉しくて。ずっとあの瞬間の顔が頭の中に残っていました。
お迎えの時。
門を入るといつも聞こえるEの大きな泣き声が聞こえないので、あれ?と思い、朝のことを思い出して期待してしまう自分がいました。
でも、期待したらダメだと自分に言い聞かせながらクラスのお部屋まで歩いていくと、泣いていないEの姿が見えました。
とても驚いたと同時に、すごくホッとして…力がぬけました。
そして、嬉しい気持ちでいっぱいになりました。
「Eちゃん、ただいま!」
お母さんに気付いたEちゃんが、手を振りながらお母さんの方に走っていきました。
涙はありません。
お部屋の窓から、クラスの子どもたちが今日のEちゃんの様子を大きな声で伝えます。
「きょう、ないてないんだよー」
「おやつ、ちょっとだけたべたよー」
「おひるねもしたよー」
ちびっこ先生たちのご報告が続きます。
「みんなありがとう」
「ありがとね」
「ありがとうございます」
いつもお母さんは「すみません」ばかりでした。
でも今日は、「ありがとう」があふれています。
***
翌日。
Eちゃんの涙はありませんでした。
「いってきます」といつものように声をかけるお母さん。手を合わせ、パチンッとタッチします。
「しゃーい!!!」
大きく手を振るEちゃんの声が保育室に響きます。
ちなみにその日の夕方。
お迎えの時間、お母さんの「ただいま」の声に「かえりー!!(おかえり)」とお返事して手を振るEちゃん。
「おかえりもしてくれるの??!」とお母さんがとても嬉しそうに驚いていらっしゃいました。
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実は。
ちびっこ先生たちが、『「おかえりー」だよ』『お・か・え・り』と、Eちゃんに教えてくれていました。