コロナ禍で語り合う「保育の質」──大豆生田啓友 #保育アカデミー
保育の世界に大きな影響を与えた、新型コロナウイルスの感染拡大。子どもたちにさまざまな制約が加わる一方、園同士の交流も制限され、2020年は研修会や講習会なども続々と中止になりました。
「この大変な状況の中で、重要なのは大人の学びを止めないこと。子どもの命はもちろん、楽しい時間や人権を守るためにも、私たちが学びを深めていかなければと思っています」
そう語ったのは、ミュージシャン&マジシャン&翻訳家として活動する大友剛。従来のような形で保育への理解を深めていくことが難しいなか、危機感を抱く保育者や研究者の方々を集め、2020年8月下旬に開催したのが『夏の保育アカデミー』です。
当時全く新しい試みながら、短期間の募集で700人を超える方がオンラインで参加し、たくさんの質問や感想もリアルタイムで寄せられました。
4日に及ぶこの講演の内容を、今回はレポート形式でお届け。日々の保育を見直すうえで、多くの先生方に活用いただければと思います。
コロナ禍で気づいた「保育」の価値
初日に登壇したのは、玉川大学教育学部教授の大豆生田啓友先生。
乳幼児教育学、保育学、子育て支援などを専門とし、日本保育学会の副会長も務める大豆生田先生がテーマに選んだのは、『withコロナ時代と保育の質向上』でした。
大豆生田「新型コロナウイルスは、私たちの生活を大きく変えました。保育の現場では、特にステイホーム期間中、先生方が大変な苦労を経験され、複雑な想いも色々とおありだったことと思います。
そして、それはおそらく今も続いているのではないでしょうか。まずは本当に感謝を申し上げたいと思います。
同時に、緊急事態宣言の中でも多くの園が、あるいは多くの保育者が何らかの形で子どもや保護者とつながっていた、というデータもあります。つまり、この状況下でも保育を止めなかった。その意味では、保育が『社会の重要なインフラ』であることも、はっきりと示されたように感じています」
コロナ禍以前より、大豆生田先生は「保育が大激動時代にある」と指摘していました。日本の歴史上、これほどまでに保育の重要性、乳幼児期の大切さなどが注目されることはなかったからです。
ただし、保育という仕事そのものについては、まだ十分な評価がされていない現状にある。今回の事態を機に、その重要性がより理解されるようにしていきたいとも話します。
大豆生田「コロナ禍では『3密にならないように』と言われます。しかし、保育の中で3密にならないことは、考えてみれば不可能です。
子ども同士が触れ合い、子どもと大人が触れ合う。むしろ私たちは今回、子どもを育てる上では『密になることがとても大事なのだ』と自覚させられました。実際、その大切さに気づかれた多くの園では今、かなりの工夫をしながら、子どもたちの生活が以前とあまり変わらないよう保育をされていると聞きます。
もちろん、そもそも日本の保育は、1人の保育者に対する子どもの多さ、クラスの大きさに課題を抱えています。緊急事態宣言下では、たくさんの園から『登園児が少なくなったことで、子どもたちと丁寧に関われた』という声も届きました。コロナを、改めてそうしたことを見直す機会にしていかなくてはいけません」
行事やコミュニケーションの見直しが進む
コロナであっても、子どもたちの育ちを支え続ける。そのために今、多くの園では「保育を見直す動きが始まっている」と大豆生田先生は続けます。
その一つが「行事」です。密を避けるため、保護者を集めての大々的なイベントができなくなった。これを機に、行事のあり方そのものを考え直す園が増えているのだそうです。
大豆生田「今までも多くの先生方が、『子ども主体に保育をしようとするとき、行事が一番ネックになる』と言っていました。コロナを、そこへ転換するチャンスと捉えたんですね。
例えば、今年は全員が集まっての運動会を行わない。その替わりに遊びを通しての運動に力を入れて、それを動画で配信して保護者に見せていこう、とする園の話をいくつも聞きました」
大豆生田「今まで保護者に見せることばかりが重視されていなかったか。子どもにも先生にも無理がなかったか。そこを見直し、『日常の中で子どもが体を動かすことを大事にする』という取り組みに変えたんです。
誕生会についても、月1回の大きな会をせず、子どもの誕生日の当日に『各クラスでその子1人のためのお祝いをしよう』と始めた園があります。特に出し物は用意しないけれど、色んな子どもたちが声を掛けたり、『僕これ作ったからあげる』とプレゼントしたりできる会にして、その様子を保護者に動画や写真で届けました。
すると、むしろ保護者からの評判が良い。行事の見直しを通して、子ども、先生、保護者、みんなにとって良くなる例が生まれてきているんですね」
また、「保護者とのコミュニケーション」についても、「行事」と同様に見直しが進んでいると指摘します。
大豆生田「緊急事態宣言下で動画の配信をしたり、ICTを使って保護者への発信を始めた園が多くありました。これはまさに、保育所保育指針の改定(2018年)のポイントの一つである『保育の見える化』ですね。
保護者との新しいつながり方ができることで、園が外からも見えるように変わっていく。つまり、withコロナの時代だけれども、そこを逆手にとって『保育の質』の向上につなげる動きになっているんだな、と感じています」
『保育の質』をさまざまな角度で考える
では、変化の中で目指すべき『保育の質』とは何なのでしょうか。
講演のなかで大豆生田先生は、そのヒントとなる事例をいくつか紹介していきます。コロナ禍ならではの工夫や、「保育者のまなざしの変化」が子ども自身にも影響を与えていった話。また、子どもたちと保育者が協働的に活動を探求していく話。
それらの事例を通じて、大人が肯定的・受容的・応答的に関わる大切さや、子どもを一人の「人間(主体)」としてみることの重要性、さらに保育者同士の連携やリーダー層のマネジメントのあり方などが、一つひとつ丁寧に解説されました。
また、事例だけでなく、『保育の質』を言葉の定義からも見直していきます。「質」という言葉の持つ側面はOECDでもさまざまな指摘がされていますが(下の図を参照)、大豆生田先生は今回、そこに大きく2つの着眼点を示しました。
大豆生田「1つは『構造の質』、つまり配置基準や面積基準などです。冒頭にもお話したように、日本は先進国の中でもここに大きな課題を抱えている。コロナ禍で密を避けながら手厚く関わるために、本気で見直さなければいけない側面だと思っています」
もう1つが、「プロセスの質」と「実施運営の質」。「プロセスの質」は、日々の保育の実践そのものであり、「実施運営の質」はそれを記録したり振り返ったり、計画を立てたり研修をしたりすることです。
大豆生田「中でも一番重要なのは、やはり『振り返り』です。毎日必ずその日の保育を振り返ることが、質の向上には欠かせません。
そこで基本になるのは、必ず『子どもにとってどうだったか』の視点なんですね。『今日◯◯ちゃんにこんなことがあったよね』『なんで今日、こうだったんだろう』……短くてもいいので、子ども一人ひとりにとっての意味を考える時間を持っていただけたらと思います」
保育者が「語り合える」環境が、質を高めていく
厚労省では今年、『保育所における自己評価ガイドライン』が改訂されました。そこでも、日々の保育の振り返りの大切さ、加えて各園に「先生たちが語り合える風土があること」の重要性が打ち出されています。
大豆生田「さらに、家庭や地域を巻き込んで語り合う場をつくること、地域の中に先生たちが学び合う場をつくることなども強調しています。
これからは保育を園内だけで閉じずに、外に開いていくことが大事です。その中で、子どもたち一人ひとりがリスペクトされるように、先生たち一人ひとりがもっと大事にされるようにしていく。こうした環境づくりが、保育の質に大きく関わると指摘しているわけですね」
講義の最後、スライドには調査から見えてきた「保育の質を高めている園の特徴」が示されます。そこに並ぶのは、子どもの主体性など、ここまでの事例で示されてきた内容ばかり。
そして、大豆生田先生は「どの園も最初からすぐにこうなったわけではない」とも語ります。最初は上手くいかないことがあっても、少しずつチャレンジを繰り返してきた経緯が、各園にはありました。
大豆生田「実はこうした園では、子どもたちがみんな笑顔なんですね。その意味では『どこの園でもできること』である、とも言えるんです。
子ども主体の保育に転換していった園では、『保育が楽しい』と先生たちが言い出しています。もちろん大変さはある。けれども、そこにこそ保育者として一番大事にすべきものがあるのではと、私は思っています」
【質疑応答】
1時間を超える講義の中、Zoomのチャット欄にはたくさんの感想、現場での悩み、質問などが寄せられました。ここでは、大豆生田先生からいただいた回答の一部を紹介します。
——地域のつながりをつくるとき、どんな考え方をすればいいか教えてください。
大豆生田「園外の人たちとどう関わっていくかは、これからの保育を考えるときにとても重要ですよね。その中核は、やはり保護者です。
親たちとの関係を強めていくには、2つの方向性があります。1つは『提供型』で、便利なようにサービスを提供する方法。ただし、これはサービス通りにやってなければ、すぐに苦情を言われます。もう1つは『協働型』で、保護者を巻き込んでいくスタイルです。これをするには、今日の事例にもあったような『子どもたちがこんな大事な経験をしている』という発信、親が参加や協力をしたくなる工夫が必要ですね。
それから、園の周辺地域との関係もあります。例えば『レッジョ・エミリア・アプローチ』などでは、すぐ地域に行きますよね。お店屋さんごっこをやるのに、店も見ないでやるなんて本当は考えられないわけです。地域には色んなプロがいて、魅力的な場所がいっぱいある。そうした『本物』に出会いに行くことも重要です。
また、公開保育などを通じて、『園をもっと開いていこう』とも言われるようになりました。保育を自園の中だけで閉じず、地域の保育園や幼稚園、認定こども園への先生たちとも一緒に学び合う。そんな関係性からも、地域とのつながり方を考えることができるかなと思います」
——子どもの主体性を大事に保育をしていても、小学校に行けば全員同じ行動を求められることに、とても違和感を覚えます。幼保小の連携についてどう思われますか?
大豆生田「ご指摘の連携は、各自治体・小学校で今後きちんと進める必要があります。実はすでに意識の高い自治体ほど、真剣に取り組み始めているんですね。
というのも、今後小学校でも、アクティブ・ラーニングが取り入れられていきます。幼児期の終わりの、最後の事例で紹介した園外遠足のような姿を受けて、小学校1年生をスタートさせる。そのための新しい学習指導要領も、この2020年度から始まりました。今回、保育所保育指針などの改定で『10の姿』をつくった意味が、まさにここにあります。
なので、本当はこの4月がすごく重要だったんです。けれどもコロナの影響で休校になり、5月になってとりあえずプリントだけ配る……そんな対応があちこちで起こってしまいました。各地の教育委員会で予定されていた講演や研修も全部なくなって、連携なんてまるで何もなかったかのようになっています。
ですからもう一度、これをきちんとやり直す必要があります。私も呼んでいただいたら伺いますので、各地域でしっかり対応していければと思っています」
<初日のセミナーはここまで。次回は2日目、汐見稔幸先生の講義に続きます>
(取材・執筆/佐々木将史)
【転載元】BABY JOB株式会社
コロナ禍で語り合う「保育の質」——『夏の保育アカデミー2020』①大豆生田啓友|手ぶら登園保育コラム|ベビージョブ株式会社