【父と私】
私は父が好きではありません。そして、嫌いでもありません。
つまり「無」です。
母の前では怒られてしまうので、顔を歪め心の底から嫌って見せるのですが、あまり伝わってはいないようでした。
幼い頃に見たあの痛烈なシーンは、私に「正義」という感情を植えつけたのでした。
私が覚えていることは、父が休みの日に「遊んで」とせがんで父の背中に馬乗りをし、「早く進め、早く進め」と文句を言いながら、父の尻を思い切り蹴っておりました。
遊んでいるように見せかけて、父に暴力をしていたのです。
母ができないのなら私が仕返ししてやる、なんてなんとも正義感の強い子でしょうか。
しかし、父は笑っておりました。
私は早く生まれたせいか体は細く小さく、母から産みおとされた時は2400グラム程度だったそうです。
そんな私が父の上に乗り、力いっぱい蹴りを繰り出したところで、何が変わるのでしょうか。
母が寂しそうに笑っていたことで、私は自分の無力感に絶望した気がします。
その後数年経った後、母から「あなたはお父さんのことを好いていたよね」と言われた時には、恥ずかしくまた消えてしまいたくなりました。
母の目にはそう写っていたと知り、自分の努力を認めてもらえなかったこと、自分の「正義」だと思っていたことは、逆に母を苦しめていたこと、そう気づいた瞬間、私はこの世から消えてしまいたくなりました。
余談ですが、この話を母から聞いた時、母と二人で私の習い事の大会に向かう道中でした。
なぜ、母はこの緊張と不安でいっぱいの小学生の私に、この話を「今」するのだろうかと、疑問でいっぱいだったことも記憶しております。
父と「遊んだ」記憶はそれだけです。
何を話して、どこに行って、何を食べたのか、父の抜き取られた写真を見ると「ああ、そんなことがあったかも」とこじつけたような記憶はありますが、これと言って鮮明に記憶しているものはありません。