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学校における【いじめ】はこのような原因で起こります
なんらかの社会的要因といじめの発生との関連をとらえた研究のひとつに、【いじめの4階層構造論】があります。
いじめの研究には、加害者(いじめっ子)の攻撃性などの、パーソナリティ要因に関連づけてとらえようとする心理学的研究もあります。
これに対して研究者たちは、いじめの発生を学級集団という小社会の構造に結びつけてとらえました。
彼らが言うには、いじめの場面では、学級集団は【加害者】【被害者】【観衆】【傍観者】の4階層構造をなしています。
【被害者】とはいじめられている子どもであり、【観衆】とはいじめをはやしたておもしろがって見ている子であり、
【傍観者】とは同じクラスにいていじめの存在に気づきながらも見て見ぬふりをしている子です。
研究者たちは、いじめの過程で重要なのは【観衆】がいじめをおもしろがったり、【傍観者】が黙認していたりすることであり、それがいじめを継続、助長すると考えました。
そして研究者たちは、傍観者意識の背後には私事化社会(公よりも私を尊重する社会への変化)にともなう、社会や集団への関わりの弱まりや他者への無関心といった社会的な風潮があると考えました。
この考え方は教育関係者に広く受容され、いじめを起こさない学級経営を進める上での基本理論として教員研修などでもしばしば紹介されています。
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ある研究家はこの理論の手がかりに、小学校から中学校における集団構造の変容過程を分析しています。
これによると、大学生と高校生60名に対して、彼らが小学4年生から中学3年生までに見聞きしたいじめについて回顧的に聞き取るインタビュー調査を実施して、以下のような知見を見いだしたとあるのです。
①小学校では、いじめの当事者(加害者・被害者)だけではなく、観衆や傍観者もいじめの行いに関心を持っており、加害者と近い位置にいる傍観者が仲裁に入ると事態が収束する。
②中学校では、いじめの当事者と非当事者(傍観者たち)が分断される傾向にある。非当事者はいじめのおこないに関心を示さなくなる。被害者が集団から疎外されている場合には、事態は深刻化しやすい。
研究者の議論は、いじめが中学校に入ると増加する傾向や深刻ないじめ事件が中学校で多いこととも符号します。
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構築主義的な研究は、ある種の子ども間のあつれきやいざこざを【いじめ】として名付けるようになったのはいつ頃かということに関心を持ちます。
子ども同士のいざこざが【いじめ】と呼ばれるようになったのは1970年代からであり、
80年代後半には一般化したとされています。
それ以前は、【いじめる】という動詞や【いじめっ子】【いじめられっ子】という言い方は見られましたが、
【いじめ】として語られることはなかったといいます。
いじめ問題が重大な学校問題として認識されるようになったのは、
いじめを苦にした児童生徒の自殺がテレビや新聞で大きく報じられたことが大きいです。
いじめが最初に社会問題化したのは、資料によると1985年です。
いじめられていた仕返しに同級生を刺殺する事件や、いじめられていたことを遺書に書き残して中学生が自殺する事件をきっかけにして重大視されていきます。
そして、
1986年、東京都中野区の中学2年生がいじめを苦に「このままじゃ生きジゴク」という遺書を残して自殺し、いじめへの注目度は一気に高まりました。
その後も、ほぼ10年おきに社会的な注目を集めるいじめ自殺事件が起き、
その都度大きく報じられ社会的な関心を集めました。
1994年の愛知県西尾市の中学生の自殺事件、
2006年福岡県筑前町で起きた中学生の自殺事件。
北海道滝川市でも小学6年生の女児がいじめを苦に2005年9月に首をつり、その後2006年1月に死亡しました。
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さて、いじめの社会的要因と教育問題との関連に関心を持つ社会科学的研究は、問題状況のさまざまな側面をとらえ、それを説明しようとしてきました。
たとえば、
その1つは学校段階を上がる際、つまり学校種間の移行時に、不適応問題が多く発生していることに着目するものです。
たとえば、先に扱ったいじめの認知(発生)件数は、どの年度をとっても中学1年生が多くなっているのです。
いじめ件数は小学6年生から中1になると一気に増加します。
このことは、6・3制という日本の学校制度と関連して、いじめが発生していることを示すものです。
中学1年生はいじめ以外にも、不登校が増えるなどさまざまな学校不適応が生じます。
小学校とのあいだにはなんらかの段差があり、
それが障害になっているのではないかいう意味で【中1ギャップ】と呼びます。
同様に幼稚園や保育所から小学校に上がる際も、さまざまな問題行動が指摘されています。
席についていられない、黙って先生の話が聞けない、
友達にすぐに暴力をふるうなどです。
これらの問題はしばしば【小1プロブレム】と呼ばれています。
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【小1プロブレム】や【中1ギャップ】の問題が移行期に生じる要因のひとつは、
それまでの学校や園での学習・保育や生活のあり方と移行した先の学校のそれとの質的な差異にあるとわたしは考えます。
校種間の移行が子どもの学校適応にもたらす危機はどのように説明することができるでしょうか。
ここでは2つの仮説を紹介します。
1つは、学校文化の差異という仮説です。
幼稚園や保育園は園文化と呼ばさせていただきます。
学校文化や園文化とは、それぞれの学校・園において成員が共有している考え方や価値観、
それに基づいて設計された諸活動などを総合的にとらえるための概念です。
この観点に立てば、校種間移行とは、それまでの学校や園に浸透していた学校文化・園文化の中で社会化された子どもが、
次の段階の新たな学校文化に出会うという事態だととらえることができます。
たとえば、時間の使い方という点に着目してみましょう。
幼稚園や保育園では子どもたちの遊びや活動に合わせて時間の配分を調整することがしばしば行われます。
子どもの遊びの流れ、興味関心を大切にしようとして次の活動に入るタイミングをずらすことがしばしばなされます。
これに対して、
小学校では時間に合わせて行動することがより強く求められます。
時間割りが組まれ、授業の始まりと終わりにはチャイムが鳴る。
子どもたちは45分ごとに違った授業に興味や関心を持って取り組むことが期待される。
幼稚園や保育園と同様に小学校でも子どもの興味関心の重要性が説かれますが、一方でその過度なコントロールが求められるのです。
このように時間ということひとつをとっても、
校種により大きく異なっています。
こうした要素が集積して、それぞれの学校の文化が構成されています。
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新たな学校に入学すると、子どもたちは試行錯誤しながら、その学校の文化を習得し、
そこで期待される行動規範を身につけなければいけません。
しかし、
中にはなかなかそれが習得できない子どももいると想定されます。
その意味で、
校種間の移行期に生じる不適応とは、ある文化が支配する小社会から別の文化が支配する小社会へと移り住む際に生じる異文化不適応問題として理解することができるのでしょうか。
もう1つの仮説は、
発達心理学者のワップナーの提唱した危機的移行という概念にもとづくもので、
環境移行が人間に及ぼす影響を、人間の心理や生態に即してより分析的に説明してくれています、
ワップナーは、人間と環境とは相互に影響しあい、ひとつのシステムを形成していると考えました。
それまでの安定していた人間と環境のシステムが発達の要因や環境の変化によって均衡が崩れ、
新しいシステムを形成しなければならないような移行を危機的移行と呼びます。
重大な危機的移行では、
認知の仕方、社会的な関係の取り方、感情の持ち方を再構成して、
新しく均衡のとれた生活世界の構造を作り上げなければなりません。
また、この作業がうまく達成されれば、
移行後の人生は、移行前の人生よりもより前進して、
高次のレベルに達します。
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校種間移行は重大な危機的移行の事例あると思います。
新入生は学校に入学すると同時に、
これまでなじみのない新しい校舎や通学路、
新しい先生、同級生や先輩、学校の規則や雰囲気などの新しい環境に出会います。
その移行を成功裏に達成させるには、
これらの環境との出会わせ方をいかに調整するかが1つの大きな課題だと言えます。
このように、分析を深めていく上では他領域の学説から学ぶことも多いです。
とりわけ教育問題で扱うさまざまな問題群は発達心理学や教育心理学、
臨床心理学などの心理学分野から学ぶ点も多くあり、
問題の対応にあたっては教育を科学でとらえたアプローチが求められることも増えてくると思います。