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不安に感じやすくなった原因を考える
こんにちは hocitron と申します。
私はときどき不安に苛まれることがあります。そんな時は、まず何が不安なのかを明確にして、少しでも穏やかな心持ちになれるよう努めています。最近は、ほんの少しではありますが、息苦しさを感じることもあり、そのときは深呼吸を繰り返して落ち着かせるようにしています。
ふと思ったことがあって。そもそもどうして不安に敏感になったのか。学生時代までは心配性な面はあったものの、過度な不安までに発展することはほとんどありませんでした。ということはこの気質が身についたのは会社員になってからということになります。
そこで、会社員時代を細かく区切って、それぞれの時期でどのような経験や考えを得たのか記憶をたどってみることにしました。
すると、社会人一年目の経験が原因なのかなと分かってきたので、その経験について書こうと思います。
社会人一年目の現場にて
SES企業に入社し、最初の配属先はベンチャー企業でした。オフィスは(会社にしては)とても小さく、マンションの一室のような場所でした。
振り返ると、開発業務の傍らに、かなりの雑用もこなしていたように思います。朝早くに出社して、窓を開けて掃除して。時には買い出しに行ってきたり。今の時代だと考えづらい光景かもしれませんね。
現場は居心地の悪い場所でした。真剣だからこそなのかもしれませんが、頻繁に口論が起こる現場で、萎縮してしまっていたのを覚えています。部屋が狭いものですから、私の耳にも刺さるように聞こえ、この攻撃的な口調が自身に向けられるかと思うと憂うつな気分になりました。
特に、開発のロジックよりも見た目やUIに関する議論が激しかったです。どちらも絶対的な正解はなく、その人の好みが多分に含まれる分野でもあるので、なかなか決着がつかない。一日の半分が議論でつぶれることもありました。
決着後も、あっちが良かったのではこっちが良かったのではと二転三転してしまい、それによって開発も右往左往する羽目になったり。とにかく苦労しました。
当時の思いとしては、大変だけどまあこれが社会人として当たり前のことなのだろうと。そう思い込んでいました。
絶えない言葉の圧力
議論を聞いている分には良いのですが、当事者になったときが本当に辛かったです。私の場合、議論と言っても一方的にボコボコにされる、言葉の暴力のようなものを受け続けていました。
時には口調荒く、時にはあざけるように、とにかくボコボコにされました。その場で涙を流すことも何回もありました。数年後に「こいつ(私)は泣いていたけど、諦めずにやって根性あったよ」といろんな人に言うもので、それがとても恥ずかしかった。𠮟咤激励、鼓舞、武勇伝、なんかそういう根性論めいた言葉がとても嫌いになりました。
原因はこの現場だったのかも
強い口調で臨むのは、彼らの性格なところもあったかもしれません。それとは別に聞いた話があります。
現場ではアルバイトを何人か雇っていました。情報系の学生ということで、技術面で調子に乗る人もいるらしいです。その学生の出鼻をくじいておとなしくさせるために、あえて最初は難しい作業を振ったり、厳しいところを突いてくるそうです。現場は甘いものじゃないぞ、ビジネスとはこういうものだぞと。
社会人一年目の私も、その「洗礼」の対象だったのでしょう。自信を大きく失わせられた経験が、現在の不安傾向の原因になっているのかもしれません。
悪いことばかり書いていましたが、ブラックな働き方ではなかったし、人格者ではなかったけど全部が全部悪い性格ではなかったし、それはそれで良い経験だったのかなと思います。ただ、他の現場を経験した今、最初の現場が特殊だったことに気づかされます。
不安体質を改善させる方法はあるのか
次のステップはこれでしょう。ただ、私は専門家ではないので確かなことは言えません。担当医への話題として次の通院に持っていこうと思います。
最後までご覧いただきありがとうございました。