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思い出の詰まった本は、古本屋で税込108円


放課後。

それは学生に与えられる、優しくもあり、甘酸っぱくもあり、ときに夢中にもなった「青春を凝縮した時間」である。

放課後と言われて思い出すのは、放課後を知らせるチャイムから先生が施錠するまでの数時間、毎日のように通った図書室での出来事だ。

今日は、高校時代に過ごした放課後の図書室の話。

図書室は私の「放課後パラダイス」

チャイムが鳴った。

担任の終わりの合図とともにホームルームが終わり、教室の空気はガラッと変わる。

部活に行く人、急いで駐輪場に行く人もいる。
いい香りをさせて一目散に教室から飛び出したあいつは、デートの予定でもあるのだろうか。
とにかく放課後を告げるチャイムの後の数分は、みんなそれぞれ忙しそうだ。

私はのんびり、今日使った教科書を後ろのロッカーに突っ込んで、ブランケットで教科書を隠す。置き勉対策は万全だ。

西日がちょっぴりまぶしい16時過ぎ。
数分の間に教室に残る人の数はまばらになって、教室を舞うほこりは夕日に照らされて目の前をキラキラさせていた。

帰り支度を整えて、教室に残った数人に、

「また明日ね」

と告げて、私は図書室に向かう。
そこは私のパラダイスだ。

教室を出ると吹き抜けの廊下がある。
女子高生を謳歌してミニスカートを貫く私には、少し肌寒い。

優しくてかけがえのなかった、あの空間

私の通った高校の図書室は少し変わっていて、校内に独立してポツンとあった。
当時、誰もが図書室と呼んでいたが、図書館と呼ぶべきなのかもしれない。

図書室は土足厳禁で、下ろしたてのローファーはちょっぴり脱ぎづらかった。

スリッパに履き替え先を進むと、白髪混じりで丸メガネをかけた司書の先生が、奥の方からひょこっと顔を出し

「授業終わったん?」

と、優しい笑顔で迎えてくれた。

続けて奥から、仲良しの国語教師の声がする。

「ねぇ?あの本どうだった?」

小柄なのにパワフルで笑顔が似合う先生も私に話しかける。

私はこの瞬間がたまらなく好きだった。

うまく言葉にできないけど、実家や祖父母の家に帰ってきたような安心感がそこにはあって、実に心地が良かった。

2人からの問いを適当に返して、窓際の机を陣取る私。窓際の後ろから3番目の長机は私の特等席だ。

当時、週に2〜3冊のペースで図書室の本を借りるのがお決まり。
図書室は専門誌もたくさんあって、写真集や画集も多く、その場でパラパラと捲って眺めるのも好きだった。

本を読む日もあれば、読んだ本を返却するだけの日もあり、先生たちと談笑してバイトへと向かう日もあったりしてーー。

その日、読み進めていた本のラストシーンが近づいていた。今日は読み終えて、次の本を借りて帰る。
いつも通りだが、そう決めていた。

あと数ページで読み終えるぐらいのタイミングで、司書の先生がこちらにやってきて、

「そういえば、願書の準備できた?」

と私に尋ねた。

その頃、司書の仕事に憧れていた。すぐ近くの大学には、司書になれる学部もあってそこへ進むつもりでもいた。
司書の先生にもたくさん相談して、問い合わせまでしてもらっていたし、大好きな本に囲まれて仕事をしている自分を想像するのは簡単だった。

けれど、当時親は医療系への進学を希望していて、私なりに考え抜いて医療の道に進もうと決めた。しかし、そのことを司書の先生にはどうしても言えなかった。

あれほど親身になってくれたのに、がっかりさせたくなかったのだと思う。

バツが悪い私は、取ってつけたように急ぎの用があると嘘をついて、ラスト数ページを残した本を返却し、逃げるように帰った。

以降は、司書の先生が休みの火曜日を狙って図書館に行くようになり、あっという間に卒業を迎えた。

その先生とは、何度か学校ですれ違うことはあったけど、よそよそしかったと思う。

当時の出来事は私の脳裏にこびりついて事あるごとに思い出させるし、大好きだったあの空間を自分で壊してしまった後悔は今も消えない。

そしてあの時返却した本を、今もなお読み返せず、未だに結末はわからない。

思い出の値段は、税込108円。

高校を卒業して10年が経つ。
聞くところによると、司書の先生はすでにあの図書室にはいないらしい。

あの放課後の優しい空間は、定期的に夢に出てきては、毎回変わる本の結末とともに、恩師と談笑している様子を夢をみる。

仕事に追われているときや悩んでいるときにみる夢は、今も当時の心の弱さを思い出させる。

けれど、先生に、

「物書きはあんたの夢だったね。歯を食いしばって頑張りんさいよ!」

とも言われているようである。

今、ライターをしながら密かに作家を目指していると言ったら、司書の先生はなんと答えるのだろう。

Twitterやnote、記名記事を精力的に取り組むのは、
私の遅れた返事として、いつか恩師の目に留まるのを期待しているからかもしれない。

つい最近、ラスト数ページを読み残した本を古本屋で買った。思い出が詰まった本は税込108円。複雑である。

物書きになって、さらに先の夢へと向かっている今、あの頃を思い出しながら読む予定だ。

ミステリー作品に、当時を重ねるのはおかしいだろうか。

今度、母校へ行こうと思う。
学校には、もう恩師はいない。けれど、あそこには今も優しい空間が残っている気がする。

もちろん放課後に行く。
思い出が詰まった、あの図書室へ。


※本記事は一部フィクションを加えております。

お読みいただきありがとうございました。

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