唇
嬉しくておかしくて泣けてしまって、笑ってしまった
タイピングのスピードばかり早くなる日常の中で
身が捩れるような余ったるい夜に出会ってしまった
蛇口からこぼれる水滴の音を
これほど愛おしく思ったことはないでしょう
その先で換気扇に向かって煙を吐くあなたを
布団の中から見つめるのが好きだった
これからもずっとこうしていてほしいから
狭いキッチンのこの家から引っ越すのをやめようか
溶けてしまいそうな目線で見つめて
片結びのように絡まりあって
解けなくなってしまえばいい
くらいくらい、夜の道でも
一つの光に向かって走っていける
知っている数少ない言葉を拾い集めて固めて
あなたに投げつけた、私の精一杯の愛情を
歯に噛んで、柔らかい唇をそっと私にちょうだい
突き抜けるほどに青い空が遠く見えた
絡まりそうな電柱が伸びる
こんな、ありきたりで碌でもない日常でも
しっかりと愛せてしまう私に初めて出会えた
同じ枕で寝るとうつる匂いが好きだった
私しか知らない特別だった
知らない言葉で傷つけないで
その体の中に詰まっているもの全部私は拾えないから
逃げきれずに涙を流してしまうこともあるのよ
綺麗に整えて箱にしまってなんて言わないけど
手首に巻いたブレスレットが切れてしまうまでは、どうか側にいて
出会ってしまった
ありきたりだけれどそれだけだった
知らない気持ちが沢山私の中を巡る
涙で滲んだ赤が懐かしくなる
そんな時もあったなって
誰も知らない物語、お話
東京で生きていた、二人のお話
内緒にするわけではないけれど
実はあんまり知られたくない、勿体無いから
そんな、お話
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