ニューカマー

 今日、新しい毛布が届いた。それで早速、届いた物を開封して広げ、その中へ潜ってみた。
 包装ビニールから取り出す際にも思っていたが、予想していた以上に柔らかで軽い肌触りだった。心做しか温かくなるのも早い。色も写真で見た以上に自然体で、敷きパッドの色と合う。
 布を頭まで被っても、そこから脚を伸ばしても、足先がはみ出さない。肘を広げても、寝返りを打っても、思いっきり伸びをしても、胴体がはみ出さない。
 理想としていた範疇の……いいや、その範疇を打ち破る上質な毛布が、うちに届いた。僕は今の喜びを、ここに記す。


 事の発端は今年の夏が来る前。自分の使っている掛け布団がかなり傷んでいる事に気付いた。長年使っているし汚れもあるとは分かっていたが、視力矯正を外した裸眼では認識しにくいのか、毎日見ていると慣れてしまうのか、多分その両方で気付いていなかった。そろそろ冬物は片そう、と掛け布団を引き上げた時、その経年劣化を目の当たりにした。
 できるだけ布団全体の形を整えてみても、それはもう平たい四角には戻らず、薄皮の中の羽毛は山も谷も湖も成し、その厚みは丘陵さながら。もはや寝巻きのほうを重ねていたのが功だった、という状態だった。次の冬は布団の形をした掛け布団を使いたい、と思っていた。
 そうして先月の末、部屋の温度計が室温10度を指していたのを見て「時は来た」と、掛け布団を新調する事にした。

 それまでは、毛布1枚と重ね着の併用で、冷え込んだ夜を眠り凌いできた。
 その毛布というのが少し曲者で、子供用の年季入りという代物。摩擦で毛足が傷んでいるため、使用中に一定方向へ流れ落ちるクセがある。曲者だけに流れるクセが……!(ぶはは)
 それに、布団を頭まで被りたい僕にとっては致命的とも言えよう、頭まで被ると足先がはみ出てしまうのだ。前の冬は羽毛布団があったから、足先は命拾いしていた。
 頭も手先も足先も冷やしたくなくて、腰と肘と膝を曲者に合わせて折り込み、できるだけ縮こまって、この寒い夜を眠り倒してきた。新たな布団を早めに入手する、という発想はなかった。代えが効くなら代用する……幸いにも、風邪を引かない体質だ。風邪に気付かない馬鹿だとか、まだ免疫のある肉体だとか、という説もある。
 この記事を読む誰かが普段どんな環境で眠っているかは分からないが、僕はそういう環境での睡眠に慣れていた。布団を頭まで被る癖は僕の儀式みたいなもので、そうしていないと目を閉じた気になれない。重ね着をするなら6枚が恒例で、折り曲げた関節を布地が締め付け、冷え性と筋肉痛に嘆く日もしばしばあった。うつ伏せになるにしても膝から先が伸ばせず、寝返りも碌にできず、しかし眠ってしまえば全部気にしなくて済む。

 新しい布団を探し始めた時期が良かったようで、SNSにて「いかに暖かさ(温かさ)が大事か」という話を見る事が増えた。世界の知らない誰かたちも、みんな温まる術を見つけているらしい。
 それを見て、事前準備がてら、僕も暖かくなってみる事にした。しかし、夏頃に衣類整理をした際、気に入っていた長袖や、踵が大きく破けても履いていたルームソックスなど、冬の「いつもの」を捨てていた。

 捨てる前、服にプリントされていた英文の意訳を自分なりに読解してみたくなり、その時に残していたメモをここにも貼っておく。

〈白の薄い生地・七分袖〉
TRIP & WORLD
It is left for memory
PLEASANT
SOUND
PRECIOUS EXPERIENCE
(タグ:MOUVOIR ダイヤ型配置の点)
→肌着にしていた。10年ぐらい着ていた。この英文、端的で好き。フォントも凛とした紺色一色で、改めて思うとかっこいい服だったのかも。

〈薄橙の軽いスウェット・袖口の形がオキニ〉
Special morning comes, Dreaming
THE Sun is is the sky
THAT ALL OF SHINES (ここまで橙色)
There is noting at all I thought
THAT IS NO DOUBT
That true love is appeling to everyone (ここまで黄色)
SO IT IS WITH ME
Feel you right here (ここまで緑色)
A love story comes
Begin with in anytime anywhere (ここまで青色)
(タグ:Jimothy 四葉のクローバー)
(フル大文字の文と青字1行目は斜め字ガラスペンのようなフォント、他はボールドのブロック体)
→昔買ってもらった服。小学校でゲボった時にも着ていた思い出の品。襟口や袖口の仕上げ方が好みで、着やすく、とても気に入っていた。英文「The SUN」の段落の「is is」は、僕ではなく服のプリントそのものの誤字。捨てる当時、このメモを作るまでその誤字に気付かなかった。

〈桜のような花のプリントがある服〉
Love is like a flower
you've got to let it grow
(桜のような花)
→何色のどんな服だったか、忘れてしまった。

優しい英文の服を着てたんだな〜と思う。

 それで、冬の装備不足を懸念した。
 だから、約2年前に買ったっきりだったスウェットのズボン(裾が絞られた形状・ポケットが深い)と、毛玉ができかけていたスウェットの長袖(分厚い・中縹色がオキニ)を部屋着に回し、それで眠ってみた。で、めちゃくちゃ眠れた……。(おもろい)

 やがて布団選びに移るわけだが、だいぶ早い段階で「羽毛布団は布団じゃなくなるから毛布がいい」という判断に行き着いた。憧れの寝袋を選ぼうかという案もあったが、それだと顔を出す形が多く、やはり頭の先まで覆える布団の形を選びたいと思った。その後、造りが好みの毛布が見つかり、色も拘って選べた。
 自分で寝具を買うのは、これが人生2回目になるはず。前回は、去年の今頃に冬用の敷きパッドを入手した。布団周りをアースカラーで揃えつつある。いつか自分の寝床が森擬きになればいいと思う。

 そうして念願の「新しい毛布」が、うちに来た。やっぴ〜!
 所感は冒頭の通り。今はさっきよりも全身が温かい。
 この文章を作りながら、何度か毛布の中で伸びをしたのだが、血流が良くなっているのか、温かすぎてもう眠い。昨晩より早く眠れそうだ。布団の中に収まったまま伸びができるという喜びもある。
 それに、その直前まで鼻が詰まっていたのだが、この毛布に包まれてからは、それが溶けた。(溶けた) ビビるほど暖かい。鼻詰まりが溶けたのは横になったから(重力のかかり方に影響されたから)かもしれないが、寝ている間に体を冷やさずに済みそうで、それも嬉しい。
 あと、頭の先まで被ると息苦しい。これが本来の掛け布団なのかもしれない。保温力が高いらしいから、そうなのだろう。
 いつまで使えるか分からないが、大事にしたい。柔らかすぎて蹴り破ってしまいそうだ。靴下を履かなくても足先が温かい、これは嬉しすぎる。
 
 因みに、羽毛布団の薄皮の部分は「側生地(がわきじ)」と呼ぶらしい。知らなかった。

 まだもう少し書きたいのだが、一旦、寝てこようと思う。眠れそうな時に入眠したいという願望があるのと、寝た後の感想も書いてみようと思いついた。おやすみ、また明日に。



 おはよう。うふふ……うふふふふ……。やぁ、温かさに包まれて眠った奴のお目覚めだぜ。

 あの後、頭だけ出して、それから6時間ほど眠った。目覚めても温かかった。ここ数年での快挙かと思われる。
 毛布から離れても、戻ればすぐに温かい。これがすごい。ある程度、中にこもった空気を逃しても、ものの数分で温かくなる。耳の下まで毛布に溺れて入眠した。大人用サイズのため、顔だけ出しても両耳を包める余裕がある。
 多分、これまでが寒すぎたのだろう。やはりこの毛布の温かさは尋常ではなくて、目覚めてから布団を出るまで15分ほど渋った。これまで冷えた室内にて睡眠できていた体感が嘘のように思えてしまって、笑う。寝ぼけ眼に突き刺さる冬晴れの明かりが、白く眩しい。

 想定を逸した快適さに、何かを失ってしまうのでは、という不安が付きまとう心地だ。
 秋口からしばらくは無理な体勢で寝ていて、それでも自分の冷たい足先に自分で驚いたり、垂らした涎と鼻水で布団を汚したり、2時間毎に目覚めてしまったり、眠らないまま1日を過ごしたりしていた。そういう事がこの先、なくなりそうな予感がしている。別の理由で不眠が続く事はあるかもしれないが、血液や筋肉を凍てつかせるかもしれないという気掛かりはなくなった。良かった。
 この安心と温もり(物理的な)ができるだけ長く保持される事を願う……願ったところで、それは僕の扱いようで良くも悪くもなるわけだが。

 余談になるが、僕の調べによると、暖かさの他には柔らかさも、人の心を癒す作用があるらしい。
 これは、手触りが良くて最高〜みたいな事だけでなく、理学的な仕組みによって癒しを生むとされているそうだ。
 この話に興味がある場合は、自ら勉強してみる事をお勧めする。インターネット上の情報の真偽は不確かなものだから、実際に柔らかな何かに触れながら過ごしてみると分かりやすいと思う。普段より柔らかな服を着てみるとか、毛足の長いハンカチを使ってみるとか、身近なところで試してみると違ってくるかもしれない。
 僕が知った話では「緊張を解こうとする人は柔らかい物に触れている」というのがあって、その例えで「恋バナをする乙女たちは枕を抱く」みたいな事が書かれていて、確かに、と思った。僕が思い浮かべたのはドラマでの一場面だったが、本音を話し合う大人男子たち全員が、ソファーのクッションを手に抱えていた。
 考えてみれば、どこまでも納得できた。心を開こうとする子供がぬいぐるみを抱くのかもしれないし、張り詰めた社会人が褒美にスポンジケーキを食べたくなるのかもしれない。
 この話は、僕に打って付けのありがたい情報だった。世の中には、調べてみると面白い事がいっぱいある。

 この毛布と出会えた事に感謝する。
 これを買う前に見た商品レビューにて、誰かがこの毛布を「運命」と謳っていた興味深さを、僕は今、思い知らされている。先人たちの面白ほっこりな推薦文や、SNSにて「暖房はケチらないほうがいい」と教えてくれた人々にも、感謝している。
 ありがとう、新しい毛布。これからも宜しく頼むぜ。


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