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天敵彼女 (44)

 ダイニングテーブルに奏が作った料理を並べ、俺達は父さん達が帰ってくるのを待っていた。今日は、縁さんも早く帰ってくるようだ。

 もう余り時間はなかったが、奏とちゃんと話をする事にした。

 俺は、お茶をいれ、リビングテーブルの上に運んだ。何故か目線を上げられなかった。

 気が付けば、奏と向かい合って座る形になり、俺は話し始めた。

「さっきはごめん。奏が着替えに行きたいから、俺を部屋に戻らせようとしてたんだよね? 俺、自分なりの家事のこだわりがあって、それを奏に見せたかったんだけど、かえって邪魔しちゃったみたいだね」

「そんなのいいよ。気にしないで。別に、食事の支度が間に合わなかった訳じゃないし、峻が楽しそうだったから、それはそれでいいと思ってたよ」

 奏の反応はある意味予想通りだった。

 あれ位の事で怒る訳がない。

 そもそも問題は俺の中にある。本当は、奏が気にしていないと言っている時点でこの話は終わらせるべきだった。

 俺は、そうだねというつもりだったが、つい割り切れない気持ちが口をついた。

「でも……」

 俺は、ハッとして口を押さえた。

 今日は我ながらどうかしている。ようやく俺は顔を上げた。

「大丈夫だよ。私が気にしてないって言ってるんだから、峻が気にする理由ないでしょ? それとも、何か別に言いたいことでもあるの?」

 奏がまっすぐ俺の目を見た。相変わらずの察しの良さだと思った。下手に言い繕ってもどうにもならない状況なのははっきりしていた。

 俺は、正直にありのままを伝えようとした。

「これは、あくまでうちの家庭の事情というか……あの人が変わって行った原因を俺なりに考えた時、何もかも父さん頼りになってたことが、良くなかったんじゃないかって思った部分があって……父さん次第の人生になった時点であの人は息が詰まったんじゃないかって……だから、俺はやり過ぎは良くないと思っていたのに、つい浮かれて調子に乗って、奏に迷惑をかけてしまった。これは、今の所俺の中だけの話だけど、このズレを埋めなきゃもっと大変なことが起こる気がして……だから、ちょっと話をしたかったんだ。何だか重い話になって悪いんだけど……」

「そうなんだ……」

 奏が目を見張った。何かに気付いたようだ。俺達は、しばらく黙り込んだままお互い考えを巡らせていた。

 その内、俺は喉が渇いている事に気付き、お茶を口に含んだ。

 それを見て、奏も何となくお茶に手を付けた。

 そのまま二人で微笑みあった後、奏が急に真顔になった。

「峻が謝る事はないよ。謝らなければいけないのは私……私としては、峻は良くしてくれていると思うし、あなたに何の関係もないトラブルに私が巻き込んでしまったのに、嫌な顔一つせず協力してくれている。きっと今回の事は、峻の過去の傷に関係がある。出来れば関わりたくない事だと思う。でも、あなたは必死で私を守ろうとしてくれた……私は、本当に峻に感謝しているよ。そして、私は今峻と一緒にいられる事が何より嬉しい。もう誰にも邪魔されたくない位に……だから、放課後知らない人が声をかけてきた時、すごく腹立たしくて、つい付き合っている人がいると言ってしまった。そんな事を言えば、峻との事だって誤解されるの分かってたのに、どうしても言わずにいられなかった。私こそごめんね。私、ズルいことしたと思う」

 奏は俯いていた。かなり気にしているようだ。

 俺は、しつこい相手に諦めさせるために、好きな人がいると嘘をつくくらい別にいいじゃないかと思った。

 それくらい俺だってやったことがある。その後の事は、思い出したくもないが、俺は後悔していない。

 所詮、男と女は天敵同士なんだから、詐欺を厭わなくてもいいはずだ。

 俺は、そんな事気にしなくていいと言いかけたが、ふと疑問に思ったことが口をついた。

「奏は……もし、俺が奏と付き合っていないって否定したらどうするつもりだったの?」

 それは、更に奏を追い詰めるかもしれない質問だったが、奏は何一つはぐらかすことなく答えてくれた。

「私は、他の人に峻との時間を邪魔されたくないだけ……だから、彼氏がいるふりさえできればいい。その場合、私は他に付き合っている人がいるのに、峻を利用しているように見えるかもしれないけど、そんなのどうだっていい。私は、峻にはまだ乗り越えなければいけない過去があるって分かっている。無理に私の気持ちを押し付けるつもりはない。あくまで峻と一緒にいたいのは私のわがままだよ。だから、他人に自分がどう思われたっていいと思ってる」

 これは、いつもの奏じゃないと思った。奏にこんなに激しい一面があるのを、俺は初めて知った。

 つくづく俺は人を見ていないと思った。ずっと近くにいるつもりでいたのに、何も気づけていなかった。

「お、俺……」

 俺は、思わず喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 まだ、そこに踏み込むことは出来ないと思ったからだ。
奏が言った通り、俺には乗り越えなければならない過去がある。

 だから、俺は今自分に出来る精一杯の返答をすることにした。

「……やっぱり、奏にそんな事をさせる訳にはいかないよ。俺のせいで、奏が人から悪く言われるなんて……だから、俺でよければ彼氏役をするよ。実習生の人の件が落ち着くまで、これ以上他人に煩わされたくないしね」

 我ながら中途半端だと思う。果たしてこれでいいのか俺には分からない。 この事が何を生み出す訳でもないだろうし、奏の時間を無駄にするだけなのかもしれない。

 多分、奏には俺よりもっとふさわしい人がいる。そういう相手に、いつか奏の事を託して、俺は消えるつもりだった。

 そんな俺が、偽装とはいえ彼氏面するのは、やっぱり抵抗がある。

 でも、だからと言って奏を放っておくことも出来ない。

 一瞬、奏と目が合った。不安に押しつぶされそうになりながらも、まっすぐ俺を見据えていた。

 奏だって強い訳じゃない。俺と同じで心の傷を抱えて生きている。

 何を甘えているんだ? 守るんじゃなかったのか?

 胸に熱いものがこみ上げてきた。

 俺は、今にもヘタレそうになる気持ちを押さえ、言葉を絞り出した。

「とにかく、奏を悪者には出来ない。一緒に頑張ろう」

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