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ちょうどいいバッグの話

【新しいバッグを買うまでの経緯について話しているだけの雑文】

 お気に入りのバッグがふたつある。

 この場合の「お気に入り」というのは、「気兼ねなく使える」という意味である。「とっておきの逸品」ではない。
 例えば友達とのお出かけに連れていくし、スーパーでエコバッグに入りきらなかった缶詰を放り込むし、旅先のライブハウスで足元に置いて多少蹴っ飛ばしても気にしない、そういうタフな相棒のことである。

 ひとつは真っ赤なボストンである。手提げと肩掛けの2wayだが、もっぱら肩掛けで使っている。マチがあって、荷物がたっぷり入る。差し色にもなるので重宝している。
 ひとつは黒いポシェットである。財布とスマホと定期入れとポーチ、私にとっての「最低限」がすっぽり収まる、小ぶりなサイズである。しかも黒色なのでどんな服にでも合う。

 いずれも、かなり長い間愛用している品である。
 赤いボストンは映画鑑賞のついでに買ったのだが、調べたところその映画は10年前の公開だったので仰け反った。
 黒いポシェットのほうは、いつ買ったのか本当に覚えていない。が、たぶん似たようなものだろう。下手をしたらそれより長いかもしれない。

 大して高いものではない。赤いほうは1万円でお釣りが来たと記憶しているし、黒いほうは、ブランドタグからするとせいぜい5,000円程度だろう。卑下するほどの安物ではないが、いい歳した社会人が誇らしげに自慢するような高級品でもない。気楽な日常使いである。

 合皮だから多少の雨でも平気である。それどころか大雨の日に連れ出してべしゃべしゃにしたこともある。どうやら私は合皮と防水加工を混同している節がある。さすがに本革だとこうはいかない。いや、合皮でも推奨はされないのだが。

 容赦なく酷使して10年。
 気がついたら赤いバッグは縁が劣化して剥がれ、黒いバッグは縫製がほつれ、ファスナーの金具が緩んで外れかけていた。
 いよいよ潮時か――。
 金具をぐいぐいと押し込みながら、私はそんなことを思うようになっていた。

 自分で言うのもなんだが、私は身につけるものに対するこだわりがたいそう強い。
 大好きな色やデザインじゃないと嫌だ! というわけではない。もちろんそれも大事なのだが、それより自分にとっての「ちょうどよさ」が重要なのである。

 いい歳した社会人なのだから、きちんとしたバッグを持ちなさい――というのは、正論である。だが、だからといって、例えばエコバッグを買うのに1万円を出すことは普通しないだろう。私にとっての「ちょうどよさ」というのはそういうことだ。つまり、日々がしがしと使いたいから、立派な品ではかえって困る。かといっていい歳であることは事実なのだから、あまりにペラペラの品では格好がつかない。

 雨の日にも気軽に持ち出したいから、合皮が良い。
 たくさん入る大きなものと、身軽で小さいものと、ふたつ欲しい。
 できれば今度は、大きいほうを合わせやすい黒にして、小さいほうは差し色の赤にしたい。
 小さいほうは、これを機会に、年相応のしっかりしたものにレベルアップしても良いと思う。でも大きいほうは遠慮なく使いたいから、やっぱり気軽なものが良い。なんといっても旅先に連れ出すのは、断然大きいサイズなのである。

 あれこれ悩みながらも踏ん切りがつかず、お気に入りのバッグたちを使い続けて時が過ぎた。

 機会は唐突にやってきた。

 お盆休み。田舎の実家に帰省。近所の大きなイオンモールに出かける機会があった。
 イオンモール。日常使いの権化である。
 そうだ。私が求めていたのは百貨店の上質感ではなく、イオンモールの日常感だったのだ。
 私の普段の行動圏内に、イオンモールはない。これはまたとないチャンスである。
 私は色めき立った。まさかこんな理由でイオンモールにテンションを上げる日が来るとは思わなかった。

 モール内を1周して吟味し、私は最終的に、黒いバッグをひとつ買った。気楽な合皮の、荷物がたっぷり入る、それでいてビジネスライクになりすぎない、ちょうどいい日常使いのバッグだった。値段も綺麗に予算内だった。
 私は満足した。

 私は基本的に、極めて物持ちの良い性質たちである。そして、買ったものとは添い遂げたいと思う性質である。要するに、一度買ったら徹底的に使い倒す。Tシャツなどは気の済むまで着て、着心地が良ければ部屋着にして、それでようやく捨てる。捨てるときにもきちんと分別して、地域の古布回収に出す。
 布製品は、擦り切れたり穴があいたりするから、まだ諦めがつきやすい。
 難しいのは靴やバッグである。多少傷んでも使えてしまうことが多い。擦り切れても、使えないことはないのである。

 だから、機会を捉えて踏ん切りをつけるのは大切だ。
 ありがとう、お盆のイオンモール。
 今までありがとう、相棒。

 私は今、もうひとつの相棒となるべき赤いポシェットを選んでいる。

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