不妊治療中の今、ほんとうに子どもはほしいかを考える
画像はうちの本棚です。私の趣向が100%反映されてます。(夫の要素ゼロ)
タイトルをながめて考えました。
そんなことをまじまじと考える必要もないほど、スピーディーに自然に授かりたい人生だった。(悲壮感かもすなて)
今、不妊治療のお休み期間なもので、要するにヒマです。あーでもないこーでもないが湯水のごとくわきあがってくる時期です。
今回はあたりまえすぎて、なにを語り出したのかこいつは、という内容です。
どうして生物は増えるのか
見出しが壮大。
不妊をこじらせると、思考が生物の本質にまでせまるようです。
最初に断りますが、私は何の宗教も信仰していませんのでスピリチュアルな観点はでてきません。
どんなに高い知能をもってしても、人間は動物界のなかの一種です。つまりどんなに高尚な人でもセックスをすれば子どもができます。ほかの動物、生物にもれず、です。
こうした生物の営みの結果、人口が増えたわけです。これは『増えろ(拡散しろ)』というこの世界のエントロピーの法則にのっとっているためです。
知識が浅く詳しいことは説明できないので、生物学や物理学(熱力学)の関連書籍をご参照ください。
生物、人間が増えようとするのは理性で語られるものではなく『そういうもの』だからです。
生物としてのつとめを怠る私
生物は生きていれば死ぬまでの過程で、子孫を残します。人間も同じです。そういうものだからです。
それにもかかわらず現在の私と夫を含め、子どもを持たない夫婦が一定数います。理由は2つに分けられるかと思います。
①子どもを持てない環境にある
(生殖機能に問題がある、経済的貧困…)
②子どもを持たないことを選択している
(人生観の多様性:夢を叶えるための流動性の確保、夫婦2人の豊かさを優先、そもそも子どもが好きじゃない…)
私の場合は、かつての②を経ての現在①な状況です。
すでに採卵1回目にしてつまづいているわけで、この長引きそうな不妊治療について最近よく考えます。
えーっと、いつまで不妊治療つづけようか?
これは不妊治療が難航している人ならみな抱くテーマです。その答えはやはり、どれくらい子どもがほしいかに直結します。
いろいろな背景や理由があって、妊娠するまで不妊治療を続けることは困難なこともあります。ですが、その要因は「子どもがほしい」度合いでなんとでもできると私は思っています。
さて、そんな私のポジションはというと…
『私1人きり(夫との2人きり)の時間もとても好き』と『子どもがほしい』の配分が日々揺れ動いている状態です。34歳なのにまだ自分の時間をほしがる女です。
多趣味なので、時間があったらやりたいことが本当に多いです。体型からもわかるように、わがままな人間です。
『もうすべてを犠牲にしてでも、なにがなんでも絶対に子どもがほしい!!!』とはいえないです。私は自分のことも好きです。夫も好きです。
夫はというと、私以上に子どもをもつことを願っています。そんな夫のためにも子どもがほしいというのが正直なところです。
種をつなぐ意思が弱くてすまない…
君といた未来のために
自然に授かることができれば、こんなにややこしくは考えないでしょう。いかんせん、不妊治療はお金と時間がかかる、通院のために仕事も休まないといけない。
こんな不妊治療もいつかは終わりがやってきます。妊娠できなくて終わるパターンもあります。
妊娠するまで不妊治療をつづけるかは、わかりません。
ただ一ついえるのは、後悔はしたくないなということです。
今は心底ほしいかはわからなくても、数年後には切望するかもしれない。
私1人の人生のように妊娠はやり直しがきかないです。細胞が死んでも代わりの新しい細胞が生まれにくくなり、衰え、やがて閉経を迎える…
エントロピーの増大は制御できず、この時間の流れは過去には戻せない…
私は未来の自分のために治療しています。
子どもがほしい気持ちが少しでもあるのなら、できる範囲でできることをやっていく、これが今の私のベストな姿勢かと思います。
このできる範囲、という部分が不妊治療で闇落ちしないポイントですね…それはまた別の機会に。