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西尾幹二氏について

昨日、西尾幹二氏が老衰(89歳)により死去されたという報道がありました。そのために、彼の著作を一冊だけ読んだことがあることを思い出して読み直しているところです。

西尾氏はニーチェやショーペンハウエルなどのドイツ哲学の研究者であり、かつ「新しい歴史教科書を作る会」を結成し、初代会長に就任されていました。

いわば、ネトウヨの生みの親とも言うべき存在でしょう。とはいえ、ドイツ哲学を基盤とする確固たる思想があるので、今のビジネス極右の作家や評論家たちとは一線を画すべき人物であると考えています。

「新しい歴史教科書を作る会」のバックボーンとなり、リベラルサイドからは、とかく歴史修正主義だと評判の悪い『国民の歴史』とはどんな内容のものかと思って読んだのは、7、8年前のことでした。

774頁もある分厚い本ですが、果敢に挑戦してみました。付箋がかなりついているので、その当時なりには一生懸命に読んでいたものと思います。

それでも、内容については、ほとんど覚えていない。ただ、日本は縄文時代が他国に比べて異常に長いということが記載されていたということだけは、鮮明に覚えていました。

先日、読んだばかりの『日本とユダヤの古代史&世界史』でも、縄文時代について同様のことが書かれていました。著者の田中英道氏も「新しい歴史教科書を作る会」の理事に就任していたので、なるほどそういうことか、と納得した次第です。

                                   『日本の歴史』P64 

上記の図は、縦軸は西暦で、横軸は地球上の各地域区分です。上段の黒い色は食料採集段階、白い部分は農耕社会の成立、薄い色は王様の成立を意味しています。これから見ても、日本だけ特異であることが分かります。

日本の場合、白い部分は弥生時代を示していますので、農耕は弥生時代に始まったという教科書的な解釈には無理があるように思える。農耕は縄文時代にはすでに始まっていたとする方が、合理的な考え方ではないでしょうか。

西尾氏は、日本だけがなぜこれほどに特別な例外をなしているかについて、次のように述べています。

縄文時代と弥生時代との二つを、これまでのようにあまりにはっきりと食料採集の段階と農耕社会の段 階とに区別してしまったことが、実情に合わないからであろう。 縄文時代には二つの段階が微妙に折り 重なっている。自然条件に恵まれていたので、前の段階を克服して、やっとあとの段階が訪れるというの ではない。

水田稲作の知恵は、縄文時代のかなり古い時期にすでにあった証拠が出ている。陸稲はもとより、天水田といって、自然の水溜まりのような地形利用の稲作も実行されていた。

たしかに、稲作文化と呼べ る ような経験は弥生にまで待たなければならないが、それも水田稲作が長く必要とされなかっただけの話で縄文時代が未開の原始社会だったという意味にはならない。ほどなく王権の成立期を迎えるに足るだけの、文明的な成熟状態にすでに到達していたということを意味するのではないだろうか。

同上P65

このように、縄文時代の記述を見る限りでは、歴史修正主義者だとして批判するべきものはないものと思えます。まだ、縄文時代を読み直しているだけですので、これから読み進めているうちに、違和感があったときは、また取り挙げることにします。


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