見出し画像

ショーペンハウアーの哲学について

湯浅 弘共著『ドイツ哲学の系譜』に基づいて、ショーペンハウアーについて学びます。

ショーペンハウアーの名は、若かった頃から知っていて、イメージとして暗くて悲観的なことを語って厭世的な哲学者というのがあったので、この当時正に絶望的な状況下にあった者としては とても読む気持になれなかった。

ところが今は現役を退いているので、気楽に過ごしている身分からか、読もうという気持ちになった。あの当時に読んでいたら、どうなっただろうと、ちょっと想像してしまう。少しは救われ、癒されたのだろうか?

人は一生苦しみから逃れられないというのが、ショーペンハウアーの主張だ。 何故かと言うと、人は盲目的な衝動や欲望に突き動かされていて、それをコントロールできずに翻弄されているのが偽らざる人間の姿であるからと言う訳だ。

当然、人間には理性もあり、衝動と欲望を何とかしようという意志があるのを認めてはいるが、どうしても衝動と欲望に打ち負かされているというのが実相だと言うのである。

権力欲、支配欲、不安、名誉心、金銭欲、病気、闘争、競争欲、虚栄心、イジメ、嫉妬、羨望、憎悪、悪口、欠乏、困窮、生活維持のための心労といった苦しみが人生のあらゆる場面で現れてきて、人を苦しめる。こうしたものが、たとえ追い払われたとしても今度は倦怠や退屈といった湿っぽいジメジメしたものに悩まされるのである。

勿論、ショーペンハウアーはこうした苦しみを如何に解消するかも述べている。しかし、それは、芸術であったり、宗教に救いを求めるとか、他者に対する無私無欲な愛を持ち、広い心で献身すること等となっている。これでは、拍子抜けしてしまう。

苦からの離脱方法となると、釈迦の方がより具体的に教えを示していると思うが、哲学者にしては人生の苦しみを 如何にするかを真面目に取り組んでいる姿には好感を持てる。

ベルグソン、ニーチェ、ハイデガー達もショーペンハウアーと同じ方向性を持っていることが分かる。つまり、カント、ヘーゲルのように理性一辺倒ではないということだろう。

いいなと思ったら応援しよう!