心地よく秘密めいたところ / ピーター・S・ビーグル
・心地よく秘密めいたところ / ピーター・S・ビーグル (創元推理文庫)
昨年夏頃購入。大昔に今は亡き熊谷書店で買った植草甚一の本に挟まっていた小冊子にこの文庫の解説も書いている岡田英明(a.k.a 鏡明)がこの作者のことを紹介している一文が載っていて興味を持ち買ってみたのだった。
「ぼくは死んでるんです」マイケルは言った。「分かってますよ」小柄な男がやさしく答えた。墓の下の自分の身体にさよならを告げ、彷徨っていたマイケルが出会った生者。ここはニューヨークの巨大な共同墓地。男は言う。死者はしばらくの間とても孤独で怯えてて、話相手を求めるものです。わたしはお手伝いをしてあげたいんです。チェスをしたり本を読んであげたり。ほんの束の間ですけどね。やがて彼らは、何もかも忘れて何処かへ漂ってしまうから・・・・そうやって男は、19年間墓地で暮らしてきたという。
上記のような興味を惹かれる序文から始まるこの物語を大雑把に説明するとカラスに養われながら墓地で19年間暮らし霊と話すことのできる中年男性レベックが死者の霊2体や墓参りにやってくる未亡人、墓の管理人との対話を通じて自己や他者や愛について考え、葛藤していく過程を描いたもの。
ファンタジー小説と位置付けられているが、死や生と向き合わざるを得ない瞬間に訪れる感情の機微や動揺、喜びを感じた瞬間に訪れる魂の高揚などが冷静で客観的な視点できめ細やかに描写されていてファンタジーとは厳しくも美しい現実との写し鏡であるということを思い知らされる。様々な書評やレビューでも語られているが、驚くべきことにこの本は作者が19歳の時に書かれた処女作であるという事実が一番のファンタジーかもしれない。
登場人物は全員魅力的だが、とりわけ毒舌で世話好きな鴉と他人や社会に関しては無関心だが音楽好きの墓の管理人カンポスがこの物語に軽さと深みを与える役割を果たしていて、この本の他に類を見ない読後感を醸し出す要因にもなっていると思う。