コスメの時代がやってきた!変革期90年代~もう一つのメイクアップをする理由に気づく~(前編)
洋服の個性の時代の終焉
DC ブランドが一斉を風靡し大ブームとなった80年代。
意外にこのDCブランド時期は短命で、80年代後半にはコピーされ既製服になってしまったのである。
その後はバブル期でおなじみのボディコンや渋谷では渋カジが流行った時代。アニエス・ベーなんかも流行っていましたね。
洋服を通して自分を表現するDC ブランドは終わり、カテゴリーずつのスタイルの中で、同じような洋服を着るようになってきました。
私もあんなに、ピンクハウスだのニコルだの、MILKだの買っていたのに、あっさり、クロゼットはアニエス・べーが幅をきかせてきていました(w)
やっぱりParisよね。なんて。
洋服はみんな似ているのだから・・・
いよいよ、自己表現は「自分自身が勝負。身体・・・化粧の時代」に入っていきます。
「絶対キレイになってやる!」「私脱いでもすごいんです!」
1991年に宮沢りえが18才で出したヌード写真集『Santa Fe』は衝撃。「洋服に身を包んだ美しさ」より「自分自身の美しさ」を表現する時代に移り変わっていった象徴的な写真集でした。
「絶対キレイになってやる。私脱いでもすごいんです」なんてキャッチコピーのCM。インパクト大きかったですね。
TBCのCM(1992年OA)
また海外では、ナオミ・キャンベルやクラウディア・シーファーなどの、モデルを超えた存在、スーパーモデルが、「自分の身体の美しさをモード」にしていく時代にまさに突入。
ダイエットを超え、脂肪吸引や美容器具を使い手をかけ、完璧な身体と容姿を求めていく。そして最後の仕上げは細部まで完璧なメイクアップ。
努力して「美しさを手に入れる時代」です。
今は田中みな実は90年代の感覚ににてますよね。努力とこだわりで美しさと成功を手に入れる。
当時は藤原紀香が抜群なスタイルを誇っていて「紀香バディ!目覚めよ女」という本が売れてましたね。
私も紀香さんの撮影でご一緒したときに、首とフェイスラインを美しくする
「あえいうえおあお運動」伝授していただき、今でもお風呂の中でやっています(w)
君島十和子さんもカリスマでしたね。
あの完璧なメイクアップ。美のカリスマとして君臨してました。
当時は、洋服よりもボディ!
「美しさは1日にしてならず」を合言葉に私も当時は、努力しましたね。
メイクアップアーティスト仕事をやるもう一つの理由を発見~メイクアップで幸せになれる~
90年後半には次々と化粧情報の雑誌も創刊され、この頃プロのメイクアップスクールも乱立し始めた時代でした。
私もバンタンやベルエポックなどメイクスクールや美容学校の講師の依頼を受けていました。
化粧品は外資系化粧品革命。
海外からMac、BOBBI BROWN、 CLINIGUE、Dior、CHANEL、LanCome、ESTEE LAUDAR など、デパートの化粧品売り場はキラッキラしていました。
「コスメフリーク」という言葉もこの頃、生まれました。
今でいう「ハマったさん」続出です。
この頃、子育てで仕事を休んでいて美容業界復帰で、BOBBI BROWNの立ち上げメンバーに。
BOBBO BROWN1号店池袋西武の売り場や今はなき有楽町西武のBOBBIのカウンターに立ってたくさんのお客様のメイクアップをしました。
クリニークのカウンセリングスペースよりも、もっとメイクスタジオのような売り場になって、お客様がカウンターでメイクアップして、「その商品を購入していく」というスタイル。
メクアップをしているとある瞬間からお客様の瞳が輝いて、オーラもガラッと変わるその時といったら。。。
本当に幸せな感覚に包まれました。
お客様も私も幸せ♡
そんなエクスタシーな感覚。
楽しかったですね。BOBBI BRWON時代。
メイクアップする理由のもう一つの理由を見つけたのでした。
それは、メイクアップは人を幸せにできるんだ!
いやいや、自分も幸せになれるメイクアップの仕事は最高だ!
そしてメイクアップの仕事の幅が、とても広がって行った時代の始まりでもありました。(色々な意味を込めて)