小説「哀愁のアクエレッロ」:二章・ソクラテスとスケッチブック
近づくにつれ、それが確かにレストランであることがわかった。というのは、店の前に料理人用の白い服をまとった男が立っていたからである。ギリシアの哲学者として有名なソクラテスという人物がどんな容貌であったかは知らないが、その男のいかにも聡明そうな鋭い眼差し、髪の毛の生え際に届きそうな切れ長で立派な眉、そして栗色のあご髭と微妙につながっているもみあげは、きっとあの高名なソクラテスと瓜二つに違いないと直感的に思った。彼の表情はある種の冷淡さを連想させると同時に、いわば凪いだ海の如く、奥ゆきのある、染み渡るようなやさしさをも感じさせるのであった。
店の前に来て視線を上に移すと、"Acquerello(アクエレッロ)"というネオンの看板があった。窓越しには淡い黄色の照明に映える清潔感を漂わせた白い壁と、そのところどころに飾られた野菜や魚の絵が垣間見え、決して派手ではないが、不思議なあたたかみを感じさせる店の雰囲気を支えているようであった。入り口の正面はバーのようになっており、幾種類ものワインがところ狭しと並べられていた。その様子が無性に食欲をそそる。素人目にも店づくりのセンスはなかなかいいように思われた。
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