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久々に涙を呑んだ日

会社のチームの先輩と、もう退職されたベテランのとても尊敬する先輩と
初めて3人でご飯に行った。

それまで研修所でお酒を交わすことはあったけど、外で一緒に飲むのは初めてのことだった。

そして、私は自分の目指す先、この先のキャリアにとても迷っていた。


デジャブのような流れ


2−3週間前も、同じようなことがあった。
会社の同僚の方と、3人でご飯に行った時の話。

冒頭は楽しい、あまり頭を使わなくていいような世間話が続いていたのだが、突如としてその時はやってきた。

「で、最近どうですか?」

これほどまでに恐ろしい言葉はない。
というくらい、最近の私はこのワードに敏感になっていた。

「最近どう?」友達と久しぶりに会う時、近況報告のような感じでこのような話をする。

でも、仕事の場で聞かれるこの言葉には「(最近調子良くなさそうだけど/最近成長があまり見られないけど/最近活躍している様子あまり聞かないけど)どうなん実際?」という裏の言葉が多く隠れているように感じる。

つまり、できていない現状をどう思っているんだお前は?

とでも言われている気分なのである。

「きた。またこの流れだ。」そう思ってしまうのは仕方なくて、それは同時に私が「自分が最近思うように成長できていると感じない」実感と不安が伴っているから なんだと思う。

だから、怖くてしょうがないのだ。この言葉をかけられるのが。


そして、数週間前を思い出すように、同じように口を開いた。

「う〜ん。。ぼちぼちですね、、、」


そして上司たちは、揃ってなんとも言えない顔をするのだ。
・・そりゃそうだよね。

申し訳なさと、でも負けてはいけないという思いで必死に説明する自分の言葉には、心がいまいち乗り切っていなくて、聞いている周囲もあまり納得できない表情を浮かべる。

これも前回と同様である。


もう、楽しい会には戻れない。これは同じ道を辿るのか。
会の中盤あたりでわりかし早めにこのパートに入ってしまった私は
なんとかしてそれでもポジティブな気持ちに持っていけるように避け口を探していた。


ふと舞い降りた過去の自分の志


そんな中、大先輩が気を利かしてか「そう言えば昔広報がやりたいと言ってこの会社に入ったんだよね?今はどうなの?」と問いかけてくれた。


そのひと言がきっかけで、思いもよらず溢れ出た涙。
自分でもびっくりするぐらいに、心に思いが乗っていた。

「私、自分が本当にいいなと思ったものを伝えていきたいんです。地域にある素晴らしいものや、その地域で活動されている方のこと、地域でものづくりをしている職人さんの思いやストーリーを伝えていきたいんです。その原点には、自分のおじいちゃんが和菓子職人なのが影響しているんだと思います。なんだかんだでおじいちゃんっ子なんです、たぶん。」

気付いたらスラスラと、でも”どうしても知って欲しい・伝えたい”そんな熱い思いを持って自分の気持ちを伝えていた。

そして、話しながら溢れてくる涙を抑えることができなかった。

なんでなのかわからない。
おじいちゃんがもう88歳で、いつまで続くかわからない。
自分がいたときに当たり前にあって、多くの人の心の拠り所になっていたあの場所がなくなることへの恐怖と寂しさなのか。はたまた自分がそれを継ぐ覚悟ができない恐れなのか。継ぐ、その地に住うことへの不安や恐怖心なのか、なんなのか。

わからないけれど、とにかく涙が止まらなかった。

でも、多分それが自分の本望だということも心なしかわかっていた。
だから、こんなにも自然と涙が溢れたのだということも。


いつも、立ち止まると必ず浮かび上がるのは「じいちゃんちのような居場所を作りたい」という思いだった


これまでも、幾度となく自分の人生や生き方を考えることがあった。
そして、その度に頭に浮かぶのはおじいちゃん家の和菓子屋のことだった。

もう、創業何年なのかもわからないけれど、おじいちゃんとおばあちゃんが一緒になって作ってきた和菓子屋。
いろんな変化を遂げながら、地域の拠り所として活躍してきたあの場所。

お母さんが仕事から帰ってくるまでの間、学校帰りに帰るのはおじいちゃんちだった。
おじいちゃんの和菓子を作る姿や、おばあちゃんとの会話を求めて和菓子を買いに来るおばさまがた、駄菓子を求めて集まる子供達に、買った以上のおまけを渡そうとするおばあちゃんを見ては、なんだか心があったかくなる気持ちだった。「ありがとう」が生まれるこの場所が幼いながらに誇らしくて、嬉しくて、自慢げだった。

とにかく、とにかくその光景がいつも当たり前にあって、とてもともて好きだった。

そんな場所が、いつまで続くのかわからない。
いつかなくなってしまうのかも知れない。


とにかく、それが寂しかったのだ。それを、その場をなんとかして続けたいと思ったのだ。


だからだろう。自然と自分の口から出てきた本当にやりたいことは、そう言った地域で活動する人のことを知ってもらう機会を作ること。そして、いろんな人の人生の、拠り所を提供すること。

そして、自分自身もそんな拠り所を提供する一部になりたいということ。



大企業で、より多くの人に、より多くの教育や学び、気づきの場を与えることができる今の居場所はとてもとても恵まれた環境なのかも知れない。

実際、きっと、本当にそうなのだと思う。
私自身も多くを学び、多くのチャレンジの機会をもらい、多くの出会いや人脈を形成することができた。

でも、本質にやっと向き合えた気がした。
やっぱり、そこはブレなかった。



今の経験があるからこそ、今の人脈があるからこそ、広げていける可能性がある。
今の経験が全てに、着実につながっている。


だから、前を向こう。

そして、今の仕事をちゃんとやり切ったと言い切れるまでやって
次のステージに進んでやろう。



やりたいことが見えた。
今からできることも増えた。


「とにかく、あなた自身が自分のやりたいことをやって幸せに生きられたらいい」

それが聞けたことが、今回と前回の大きな違いだった。

ただ会社のために留めたいのではない。
ただ叱りたいだけではない。


この人たちは私のことを本当に思って、考えていてくれている。

それが知れただけで、まだできることがたくさんある。
そう思えたのも事実である。


まだまだ気持ちは纏まらないけど、
自分のやりたいことの軸は間違いなくわかった。


それは、22歳の就職活動をしていた時から実は変わらなかった。
そこに原点がむしろあったのかも知れない。

「地方のいいもの、自分が本当にいいなと思ったもの、その地域で活動する人や作り手さんの思い、ストーリーを発信し、またいきたい、帰りたい、会いに行きたいと思う自分にとっての”もうひとつの居場所=Altanative place”」を増やすこと。
それを通して、人々の人生をより”豊か”にすること

それが私の今のやりたいことなのだと。


その軸を持って、もう少し、視点を変えて頑張ってみようと思う。
「まだまだ、やれることはいっぱいあるよ。」

そう言った先輩に、胸を張って「やり切りましたよ!」と言い切って次のステージに進めるように。



嬉しさも、悔しさも、感じられる日々があるから素晴らしい。
「人生は完璧ではない。常に山あり谷あり。それが人生を美しくするんです。」超人BIG7の陸上長距離アスリート、オランダ代表のハッサンも言っていた。

暗闇の後の光を求めて、今日もあしたも前に進み続けよう。


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