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古典芸能と現代コンプライアンス

先日、天満天神繁昌亭の昼席に行った。
繁昌亭をご存知の方なら、出だし一行だけで何の疑問も湧かないはずだが、繁昌亭を知らない方も世の中たくさんいらっしゃると思う。

繁昌亭は落語の常設寄席で、いつでも上方落語が聴ける貴重な小屋である。

この「小屋」という呼び方も伝統芸能の世界における慣習的な呼び方で、一般用語にすると「劇場」だ。

慣習的な呼び方は時と場合により、現代社会では差別表現として忌み嫌われることも多い。

例えば歌舞伎俳優さんの中にも、役者と呼ばれて嬉しいかた、嫌がるかた、どうでもいいかたなど様々いらっしゃる。劇場を小屋と呼ぶのも昨今では嫌がる方がいるかもしれない。

さて、昼席というのはお昼間の時間帯にやっている舞台のこと。

若手から順に落語を披露していく。落語ばかりがずっと続くと客が聴き疲れるので途中〈色物イロモノ〉と呼ばれる落語以外の芸人が芸を見せる。息抜きである。
今回私が繁昌亭に行ったのは、私のお気に入り"立体紙切り"で活躍しているアーティスト辻笙くんが色物で繁昌亭に出演していたからだ。

さらに仲入りと呼ばれる休憩時間をはさみながら、最後(トリ)はその日の出演者の中でいちばんベテランというか、地位が高いというか、そういう位置にある落語家さんの噺で舞台を締め括る。

今回は古典落語、新作落語、歌謡落語、落語というよりもただの雑談みたいな笑い話などバリエーションに富む演目だった。どれも面白くて大変楽しいひとときを過ごした。

音曲ではちんどん屋さんが懐メロのイントロを様々披露してくれ、クラリネットの音色にはそこらへんの若いミュージシャンでは太刀打ちできない奥の深い響きがあった。
クラリネットに酔いながら、若手落語家とはいえ6年なり10年なり着物も着慣れているはずだが、ベテランが"着こなしている"のに比べれば着姿も佇まいもずいぶんと頼りなく、【芸を味わう】などという遊びができるのはもう今が最期なのかもしれない。

さて、古典落語と言ってもガチガチに古典そのままではなく、現代のお客さんにも分かりやすく親しみやすくなるようにそれぞれに工夫を凝らしていらっしゃる。

古典落語は江戸時代のストーリーなので、現代人にとっては完全に時代劇。いまではすっかり消え失せた世俗の風景や職業、習慣があたりまえに描かれていて、ある程度江戸時代の風俗に関する知識がないと理解できない言葉がたくさん出てくるし、いまでは差別用語として公には使用できない言葉もあたりまえに散りばめられている。

言葉の問題だけでなく、完全に犯罪行為である言動もたくさん含まれる。
セクハラどころではなく売買春が「あって当然」という時代背景なのだ。賭け事がネタになっていることも多い。

呑む・打つ・買う、三拍子のてんやわんやが笑い話になっているわけで、現代コンプライアンス的には「ちょ、待てよ、子供に聞かせる訳にはいかないぞ」という場面がてんこ盛り。

今回はサイコロ博打のネタがあった。博打の話とはいえ笑いの種類としては時そばとパターンは同じで、上手くやった人を見た馬鹿がその人の真似をして失敗するという落語の典型である。

前振りの段階で「呑む・打つ・買う」という話題が振られ、呑むと言えばお酒、打つといえば博打、買うと言えば女郎…と解説したいところだが、客席に小学生のお子さんも結構座っている状況でコンプライアンスをどうクリアするか。

呑むと言えばお酒、打つと言えばワクチン、買うと言えばAmazon、と現代世相にしれっとパロディしたアドリブを披露なさった。

こういうアドリブ的なパロディも落語家の芸のうち。上手い処理だと感心した。

しかし、この「芸」が芸であると理解するには、呑む・打つ・買うの本来の定義が理解できていなければならない。オリジナルを知らないではパロディの面白さは分からない。

もちろん子どもたちにはわからないし、私たちの時代と違って、今のこどもたちが大人になったころ自然にいつのまにかなんとなく理解しているということも現代世相ではあまり期待できない。飲酒は20歳を過ぎれば許されるが、賭博や売買春は大人になっても犯罪である。江戸時代とは違い男たちみんながあるあるでやっていることではない(笑)。

また別の話では「易者」が登場するのだが、この易者という言葉も小中学生にはいまどき分からない。占い師は知っていても易者は知らないのだ。

実際の日常生活においてはコンプライアンスが高まり、誰もが人権を保証された個人の自由と住み良い社会の公共性が両立する世の中へと進んで欲しいが、しかしこんなふうにして世相の変化と共に古典芸能が古典として専門家だけが知っている学術的なものへと移り変わっていく瞬間に立ち会うのは寂しい。

そんな思いを抱えながら、帰り道のカフェでイチゴのタルトを堪能しました。

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