朝、ときどき、膝枕。
幼い頃の娘は、「おかあさんの好きなところはおしりとふともも」と言い放ち、「おかあさんに愛を渡すことを誓います」と宣言する子供だった。その愛の表し方は様々で、台所に立つ私の背中に抱きついたり、座っている私の腰の辺りに巻きついたり、指を甘咬みされたり、鼻を甘咬みされたりした。
甘咬みされながら、
「これはどういう状態なの?」
と尋ねると、
「おかあさん成分を摂取してるの」
「吸いすぎると今度はおかあさんの元気がなくなるから注意」
と説明してくれた。どうやら指先からなんらかのエネルギーを補給しているらしい。
また、ある寒い日の夜に、歩道を並ん歩いていると、不意に娘がこう尋ねた。
「おかあさん、なにか欲しいものある?」
「うーん。そうだなぁ。特にないんだけど、今は顔が寒いから目出し帽が欲しいかな」
「わたしはねぇ、おかあさんの笑顔」
ちょっと驚いて娘を見ると、嬉しそうにニコニコしていた。
「おかあさんはもっと笑ったらいいよ。おかあさんの笑顔はうさぎ十匹分くらいかわいいから」
うさぎ十匹分という語彙力と、笑顔が欲しいという花束みたいな言葉とが、心に残った。そんな風に好きでいてくれて、言葉にできるなんて、子供ってすごいなとしみじみ思ったものだ。
昔はよく、私や夫の背中によじ登っては肩の上に乗ったり、膝の上でゴロゴロとくつろいでいた。今は身長が私とあまり変わらないくらい大きくなったので、背中によじ登られると間違いなく我々の腰が悲鳴を上げる。それでも時々、
「おとうさん、おんぶしてー」
「えー」
というやり取りの末に、「よし、こい」と腰を軽くかがめる夫の背中に向かって、娘が勢いよく飛びかかり、夫が「うぐっ」と短く唸りながら娘をおぶったりする。
私もいつだったかおぶって数歩歩いてみたけれど、中学の部活でこういう筋トレしたな、と思い出すくらい、重さが成長の確かな手応えとして腕に伝わってきた。毎日背負って歩けば腕の筋肉がつきそうだ。娘の記憶にも触れるものがあったようで、
「昔、熱出した時に、よくこうやっておんぶしてもらったね」
と、笑っていた。幼い頃、熱があって外に出られない時、気晴らしになればと、おんぶして部屋を歩き回った。大きくなっても意外と覚えてるものなのだなと、少し嬉しかった。
おんぶをする機会はもうあまりないけれど、膝には時々、乗っかる。
スマートフォンのアラームが震える平日の朝、娘を起こすと、眠気の抜けきらない気だるげな顔で布団から起き上がる時がある。
そういう日の娘は、朝ご飯を食べ終わるやいなや、床にコロリと寝転がって、傍で座っている私の膝に頭を乗せる。
長くてほんの五分ほど、私の膝は枕と化す。少しすると、だるそうにグニャグニャと体をくねらせながら起き上がり、学校へ行く支度をする。
膝枕とはいうものの、実質、頭を乗せているのは太ももの上である。幼い頃と未だ変わらず、ふとももが好きなのだ。ブレない人だった。そういえば小さな頃、膝枕をしていると、
「太ももの素材でおふとんを作ったら、きっと最高の寝心地だよ」
と、目を輝かせていた事があった。私には実感が沸かないけれどもそんなにも快適ですかね、と不思議に思ったのと、斬新な着眼点だなと感心したのとで、未だによく覚えている。
体が成長していくにしたがって、筋力が要ることはしてあげられなくなっていく。肩車はひっくり返りそうで怖い。お姫様抱っこも全然持ち上げられない。そんな中で、膝でひと休みしていってもらうことなら今のところできるので、太ももがお好きならばどうぞと、寝転がるままに任せている。
それから、未だに娘の好きなものがもう一つ。
学校へ行く支度を済ませた娘がカバンを背負うと、私のそばへスススと寄ってきて、時々、おしりをひと撫でする。
「柔らかいものっていいよね」
「ムスメは柔らかいものが好きだよね。お布団とか」
「お布団は最高だね。この前、気持ちよくて二度寝しちゃった」
おかあさんの好きなところランキングに、太ももとおしりがいつまでランクインするのかわからない。取り敢えず彼女のブレないところを面白がりながら、こんな風に、とある朝を過ごしている。
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