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水に触れると手が痒くなる私にとっての『奇跡』の話。

奇跡とはまた大仰なのだけれど。

この気持ちを忘れてしまうと勿体ないので、書いておきたい。

昨年の夏、私は家族でプールに行った。
娘と一緒にプールの水に浸かって遊ぶ。そういう当たり前の思い出を娘の記憶に結ぶことが、私の夢のひとつだった。さすがに無理だろうと半ば申し訳なく諦めていたので、叶えられて、ほっとしている。

幼い頃から私の両手はあかぎれだらけだった。

指と関節に余すところなく、パックリと割れたひび割れが出来ていた。数えると20、30、細かい傷も併せて勘定すると、40個くらいある、と小さい頃の私はいつだったか、感心したように心の中で呟いていた。ちょっとした新しい発見をしたときの気持ちに似ていた。

深くひび割れた箇所は、指を伸ばしたり曲げたりすると、パペット人形が口をパクパクするみたいに閉じたり開いたりするので、油性マジックで点を二個書いて、喋っているみたいと面白がったりもした。そういう素朴な子供だった。

小学校の掃除時間に雑巾掛けをするのが好きだった。教室のロッカーの前でかがみ込み、パタパタと地面を蹴って動き出す。できるだけ止まらずにまっすぐ走るのが楽しかった。汚れた雑巾をバケツの水や手洗い場で洗うと、水が傷にしみるし、ピリリと痛くてむず痒い。それでも雑巾掛けが楽しかった。

今、手をしげしげと眺めている。傷は殆ど見当たらない。

蛇口をひねる。流れ出る水に触れる。肌は乾燥しているけれど、傷は塞がっているので、水に触れてもあまり痒くならない。

手の甲は所々白く色が抜けている。炎症と呼ばれる様相の、傷が特に深かった患部はそのようにして残る。手首から肘の裏側も斑に白く抜けている。体も概ねそのような様相を呈している。

一時期、状態を悪くして何度か入退院したのち、少しずつ回復してきた。けれど、水に触れるのは更に難しくなった。適温の湯船にも痒くて浸っていられない。少し温度の高いシャワーを浴び続けているうちは、なんとかじっとしていられた。肌がヒリヒリと痛んで、無意識に爪を突き立てた。その上、体はとてもぐったりとしている。ウイルスに罹りやすくて疲れやすく、気怠い。

長らく決定打のなかった疾患にもたらされた新薬は、注射の形をしている。その数ミリリットルの液体が免疫と呼ばれる機能に作用して、私の体を穏やかにする。

静かだなと思う。

寝ているときも醒めているときも絶えることの無かった痛みや痒さが、今は、随分と軽い。

部屋の隅の加湿器の音に耳を澄ませながら、子供の頃に過ごした夜のことを思い返す。

皆が寝静まった真夜中に、痒いと言って目を覚ます私たちの肌を、母は交互になで続けてくれた。なでて貰っている間は痒みが収まった。
私たちは痒くて眠れない夜になると、こっそりと起き出して、風呂場の蛇口からお湯を手に流しかけた。普段なら温度を確認した指を引っ込めるくらい熱いお湯に触れると、ようやく痒みが消えて、気持ちいいと感じた。

痒みが発生する構造は、簡単にいうと免疫機能の過剰反応で、皮膚が本来持っている、外部の刺激から身を守るバリア機能と呼ばれるものも弱まっている。体の内部に痒みを感じる成分が泉のようにとめどなく湧いてでる。肌の傷は表面だけが痒いのではなく、もっと奥が痛痒い。眠っている子供が手を掻くとき、ボリボリというよりガリゴリと骨を掻くような音がする。そうして自らも掻き傷を作る。私たちはそういう夜を過ごした。

私を取り上げてくれた助産師は、この子の肌は雪のように白いわねと誉めてくれたそうだ。母は何度もそのように聞かせてくれた。生まれて間もなくかぶれていく赤子の肌を、母は胸を痛めて見ていたことだろう。だからなおさら私に、肌の白い子であったと伝えてくれていたのだと思う。

包帯をぐるぐると巻いていた時期もあったけれど、それでも私は、この手が結構好きだ。

まあ、特にきれいではない。すべすべとした指先をした皆が羨ましかった。指を曲げると血がにじむ。痛みから無意識に指を庇ってきたので手先も不器用だ。

社会に出る年頃になると、周りの人は心配して、女の子なのにかわいそうにと優しい気持ちを傾けてくれた。男の子だって同じような傷があったら労って欲しい、などと思いつつ、でもあれです、私はこの手でこれまでずっとやってきたのです。と答えてきた。

多分、この先もそう答えるのでしょう。

すべすべした肌はとてもきれいです。羨ましい。でもこの手も悪くない。と、改めて眺めている。

ふふん、よく頑張りましたね、私。自画自賛です。

そうして何よりも。お医者さん、周りで支えてくれている人たち、皆さん、本当にどうもありがとう。言い尽くせないので、とても簡単な言葉になります。
お薬にはもうしばらく助けて貰う予定でいます。魔法みたいに、夢を叶えてくれて、ありがとう。効いているうちに自分で出来る限りのことを少しずつ工夫して、体力も、もう少しつけていこうと思うのです。

それから、この文章を辿っているあなたにも。読んでくださってありがとう。

真夜中に目が覚めたついでに、そんな気持ちをそっと書き留めておく。


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もちだみわ
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