地下鉄で、ちょっとそこまで散歩にゆく。
日本橋のアーケードの下を歩いている。
地下鉄に乗ってホームへ降り立ち、長い階段を上った。地上に出て、大通り沿いの歩道を、夏の真昼の日差しを避けて日陰に入りつつ北へ向かって歩き続けると、右手に通天閣がそびえ立っているのが見えた。
懐かしい。
去年も用事で恵美須町へ足を伸ばしたのだけれど、そのときは電車の乗り換えの為に通り過ぎただけだったので、日本橋をゆっくり歩くのは本当に久し振りだった。
二十歳そこそこの頃は、地下鉄を乗り継いで電器屋街に訪れては、店のおじさんとのやり取りを交えつつ、CDコンポやプレーヤーを購入したり、パソコンの周辺機器を分からないなりに眺めて愉しんでいた。家の近所にも電器屋はあったけれど、大きな通りの右を見ても左を見ても店舗が建ち並び、賑わっている日本橋の雰囲気がなんとなく好きで、時々、足を伸ばした。
昔から、電器屋で棚に整然と並べられた商品を見て歩くのがわけもなく楽しかった。洗濯機や冷蔵庫やドライヤーやコンポなどを見比べては、機能が充実しているなぁとか、フォルムが綺麗だなぁなどと無闇に感心しつつ眺めたりした。女性がおしゃれな服や可愛い雑貨手に取って楽しむのと同じようなものだと思う。
久々に歩いた電器屋街は、記憶の中の景色とは少しだけ様子が違った。シャッターの降りた店が所々見受けられて、時間の流れを感じた。それから、しばらく北へ向かったあとで脇道に入ると、フワフワの黒いスカートをはいたエプロン姿のメイドさん達が、道の両側に並んで手を振って呼び込みをしていた。なるべく素知らぬ顔で通り過ぎたのだけれど、内心、とても可愛いなぁ。と思っていた。いつか機会があれば、一度くらい、メイド喫茶というものに入ってみたいのだけれど、一人で行く勇気がまだない。
曲がる予定だった交差点からふた筋ほど歩いた辺りで行き過ぎたことに気付いて引き返した。古いおもちゃが置いてある店に足を踏み入れると、ショーケースの中には、ブリキでできた人形や、古ぼけたビニール製の怪獣や、経年劣化した箱入りのプラモデルが、時代を越えてそこにあった。おもちゃの博物館に来たみたいで、ちょっとワクワクした。
三つほど店をはしごして、途中でコンビニに寄ってカフェオレを買った。広い道を行き交う人を眺めながら一休みした。汗ばむ気温の中で歩き通しだったから、冷たいのどごしが火照った体に心地よかった。
それから、本が沢山置いてある大きな店にも入った。最近、追いかけ切れていなかった漫画の新刊が、何冊か平積みされていた。漫画にしろ小説にしろ、本は、表紙を眺めているだけでも楽しい。本の数だけ物語がそこにある。
店の外にでると、少し日差しが和らいでいた。そろそろ帰りの電車に揺られながら、散歩の余韻をかみしめるのも趣があって良いかと思う。行きしなに降り立った地下鉄の駅へ戻るとなると三十分くらいかかるので、最寄りに同じ路線の別の駅はあるだろうかとスマートフォンで現在地を表示する。徒歩十分程の距離にそれらしきランドマークがあった。通りの向こう側にあるビルの看板を見上げて、そこに描かれた文字が液晶画面の中の地図と同じであるのを確認しながら、方角を照らし合わせて、地図の左端に表示されている駅ビルへと向かった。
路線が複数あって、うっかりすると駅ビルの中でも案内図の矢印を見落として道に迷いそうだった。どうにか改札口に辿り着いて、切符を買った。地図を読むのも路線図をたどるのも、いつまで経ってもあまり上手くならないけれど、たまには普段行かない場所へ散歩に出かけて、見慣れないものに触れるのも、悪くないなぁなどと、車窓を流れる藍色に染まった街並みに目を遣りながら思う。
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