八つ頭を煮る|12月11日(水)堀敦詞
キレイキレイで手を洗ったら、泡と水が6:4くらいのしゃびしゃびしたのが出てきた。ボトルを振ったら直った、ような気がしたのは束の間の気のせいで、ぜんぜん直っていない。いままでこんなことは一度もなかったのに変だと思っていたら、そういえばボトルはキレイキレイだけどこの間ドラッグストアで買った一番安かったやつに中身を変えたのだと思い出した。ハンドソープなんてどれも一緒だろと思っていたけどそんなことはなかった。
ラジオを聴きながらパスタをつくる。具は赤パプリカと椎茸とひき肉。具はマイナーチェンジはときどきするもののもう長いこと固定されている。とりあえずパプリカを食べておけば健康だという信仰があるのでパプリカ。150円以上するときは他の手頃な野菜。野菜だけではさみしいのでなんらかのキノコ類。あと肉。加工肉は体によくないと最近人に言われたので試しにひき肉にしてみているけど、いつもはソーセージ。このあいだ高菜をもらったのでタッパーからスプーンですくってそれも入れる。高菜を入れるのなら和風パスタか、と顆粒だしを入れていたけど、昨日なくなったので白だしを適当に入れる。料理はどんどんいい加減になる。コンロが一口しかないというのもあるけどもう鍋も使わない、フライパンだけで済ませる。凝ろうとしていた時期もあるのだけど、そのころと比べてとくに味が劣るわけでもない(もしくは舌がばかなだけか)。あの時期はなんだったのだろう? でも、あの段階を通過しなければいまの楽な時期にはたどり着けていない。
このあいだ、Aさんが茨城の知人からもらったという巨大な芋で煮物をつくった。八つ頭という名前のごつごつした里芋のおばけみたいなやつで、こんにゃくと鶏肉とにんじんを一緒に煮た。ネットで調べた簡単なレシピでつくったのだけど普通においしかった。というか芋がすごくうまかった。密度が高くてねっとりしていて味が濃い。
いつだったかAさんの家で筑前煮をつくってみたことがあって、そのころはまだ凝り性モードだったので「きのう何食べた?」のドラマで、あの背の高い、俳優さんの名前が思い出せない、ドライブ・マイ・カーに出ていた人がつくっていたレシピをメモしてそれでつくった。おいしかったのだけど、めんどくさかった。もう煮物はつくりたくないと思ってしまったのはもったいなかった。煮物は簡単なのだ。と今回わかってとてもよかった。八つ頭の皮を剥くのだけが大変だった。
芋ほど泥臭い見た目の食材はないと思うのだけど、カットすると角ばった人工的な感じのさむざむしい見た目になるのが変な感じだ。こんにゃくは手でちぎるし、鶏肉は包丁を入れてもぐにゃぐにゃしている。八つ頭は巨大なので、切り分けると完全に平面だけで構成された工業品のようなカタマリがいくつもできあがることになり、それがまな板に並んでいるさまはあんまり食欲をそそらない。直線はあんまりおいしそうではない。
芋に限らず、料理って途中の工程では「あ、やばいかも、失敗したかも」と思うようなまずそうな段階がけっこうよくある。前にサバ缶のカレーをつくったときはたしか粉ミルクとかを使うレシピで、フライパンの中が本当にまずそうで、匂いも魚臭くて気が気でなかったが(自分だけの食事ではなかったので)、できあがったものは嘘のようにおいしかった。文章にもそういう段階があるのではないか、というのはいまパッと出てきたぜんぜん検討されていない思いつきなのだけど、そう思えば今後気が楽になる瞬間があるかもしれない。とにかく煮たり焼いたりすればなんか調和する。硬いものはほどけるし、本来ならけんかするかもしれないようなものたちが混ざり合う。火は偉大だ(あとスパイスも)。わたしたちのこのバラバラな日記めいたものも時間をかけて火にかけられていくのかもしれない。
パスタを食べながらスマホでLINEの画面を見る。おととい地元の友人から連絡があってやり取りしている。というか4月から何度か連絡をくれていたのにばたばたしていて、もう少し落ち着いたらと思っているうちに時が経ってしまい、そろそろ返信しようと思っていた折にまたLINEがあった。
友人Kは植物おたくで、自室をいろいろな植物でいっぱいにしているのだけど、僕が地元にいたころはまだ植物おたくではなかったので、ZOOMの画面越しにしかその部屋を見たことはない。エケベリアという南米あたりに生息する多肉植物を気に入っていて、なかでもおらいさんという人が独自に交配しているミックスベリアというシリーズを熱心に収集している。
ミックスベリアというのは要はブランド名のようなもので「あまおう」とか「あきたこまち」みたいなものだと思うのだけど、食べ物と違って何十種類も出ている。いまのたとえで言うと「いちご」や「米」にあたるエケベリアにはいろいろな見た目のものがあって、真っ白なパウダーに覆われたものや霜焼けしたように赤らんだもの、ぷっくりした丸いものもあればアロエみたいにぎざぎざしたものもあって、それらをブレンドして独自のヴィジュアルのものをつくるわけだけど、おらいさんという人がブレンドして売り出しているシリーズが「ミックスベリア」というわけで、その界隈では絶大な人気を誇っているらしい。
今年の春頃に八王子で販売イベントがあるというので誘われて一緒に行ったのだけど、朝早くからたくさんの人が(たぶん全国から)集まっており、何度列に並び直してもいいけど一度に三つまでみたいなルールがあって、その日出ているそれぞれの株の数を考慮して買う順番を計算しなければいけないという。自前の買い物カゴを片手に、Kはものすごい集中力でミックスベリアを爆買いしていたが、正直素人目には他のものとの違いはあんまり(というかぜんぜん)わからなかった。僕は他の売り場をのぞいて気に入ったものを少しだけ買った。エケベリアは丈夫な植物だから世話をほとんどしなくても、雨の日も風の日も外に出したまんまだけれど、いまでも元気にベランダに並んでいる。
Kはユーチューバーをしていて、今回の連絡はそのネタにかんする相談みたいなことだった。
LINEのやり取りは本題からそれていき、ポプラ社から出ている橋本治の「桃尻娘」の新装文庫版が三作目まで出たところでずっと止まっているというKの嘆きでこの日は終わった。何年も前にやっぱりKに誘われて、桃尻娘の登場人物が住んでいる高幡不動のあたりに出かけてぶらぶら歩き回ったことを思い出す。
堀敦詞
コメダ珈琲店がたくさんある町の出身。
東京にもたくさんあって嬉しい。
焼きうどんと焼きそばとパスタをローテーションで食べている。いまはパスタのターン。
【「火を焚くZINE vol.1」販売予定】
◆2025年1月19日(日)文学フリマ京都9 @京都市勧業館みやこめっせ1F
◆水道橋の書店・機械書房さんにてお取り扱い。オンラインショップあります!
◆BOOTHでのオンライン販売を開始しました!電子書籍版もあります。