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遠いエディアカラ|11月30日(土)堀敦詞
犬のことをいろいろしていたらあっというまに夕方になっていて、あわてて家を出る。これから知らない店に行き、知らない人と会うことになるので緊張する。西新宿で降りて、アプリの地図を見ながら歩いていき、店の付近をうろうろした。店は地下にあるのだ、と思い出し、それらしき階段を降りていくと、ちょうどさぎさん、奈良原さん、きたのさんの後ろ姿が見えた。ほっとして声をかけ、一緒に店に入った。
ビキニマシーンはさぎさんのお友達が働いているバー。地図アプリの指示に機械的にしたがって歩いてきたので地理がわかっていないけど、いちおうゴールデン街の一角であるらしい。マスターにあいさつをして、荷物を店のすみに押しやった。お酒はまだ頼まずにひとまず本の帯をつくる作業をはじめる。きょうここで売る分と、明日文学フリマ東京で売る分。さぎさんが作って印刷してきてくれた紙をカッターナイフでひたすら切り分ける。一枚の紙に5冊分くらいの帯がプリントされている。
奈良原さんのお友達のSさんが開店とほぼ同時にきてくれて、「火を焚くZINE」記念すべき一冊目を買ってくれた。帯を切って奈良原さんに手渡し、奈良原さんがそれを本に巻きつけた。二人が飲んでいるカウンターの右端に僕はいて、たまに会話にまじらせてもらった。Sさんがジントニックを頼んでいて、ジントニックか、いいな、と思う。あとでぜったいに飲もう。
マスターが言うには、僕はカウンターで二時間くらい紙を切っていたらしい。単純作業がわりと好きで、苦にならないので淡々とやってしまうのだが、そのせいかあんまりこの日の時系列的な記憶がなく、というのもカウンターに座っていると店の空間の大半が目に入らないので、気づいたら店が人でいっぱいになっていた。知っている人の顔もあって、いつの間にか楽しい気持ちになっていた。僕はジントニックを飲んでいて、すしメロディさんがとなりにいて、すしさんの知り合いの人がその向こうにいた。一緒に話をした。
埼玉の話と、古代生物の話をしたのを覚えている。埼玉の話をしたのは、その場にいた僕以外の人がみんな埼玉出身だったからだ。
すしさんがディッキンソニアの検索画像を見せてくれる。エディアカラ紀という、カンブリア紀よりももっとずっと前の、6億年くらい前の生き物で、ひらべったい楕円形をしていて体に溝が入っている。溝の入り方にばらつきがあり、左右対称にはなっていない。
「ぼくは線対称がイヤなんですよ」というようなことをすしさんが言った。「いまの生き物はみんな線対称でしょう」
カンブリア紀の生き物は節とかがあって、外殻や肢を持っていて、すでにかなり線対称で、エビとかイカみたいな姿をしている。そして実際、すしさんはカンブリア紀とそれ以降の状況に不満があるようなのだった。すしさんの知り合いのKさんもいろいろなことを知っていて、僕はカンブリアもエディアカラもよく知らないのだが、よく知らないものがポケモンにたとえられたりして話が転がっていく。
エディアカラ紀の生き物はいまと違っていろいろぼんやりしていて、ぼんやり水中をたゆたっている感じがいい。みたいなことですかね。とわれながらおそろしく解像度の低い解釈を口にしたところ、そうですね、とすしさんがうなずいた。
すっかり忘れていたのだが、むかしエディアカラの生き物に少し興味を持ったことがあり、ディッキンソニアをモデルにした生き物が出てくる小説を書いたことがあった、ということを数日経ってからとつぜん思い出して、びっくりした。たしか、主人公が水槽で謎の軟体生物を飼育しているという設定だった。
HagoromoというWordっぽいことができるフリーソフトで当時書いたその原稿はもうアプリを持っていないので開けず、PDFの方でおそるおそる見てみると、やっぱりエディアカラ生物群の説明が書いてあった。地球上にはじめて出現した多細胞生物とされ、ディッキンソニアなどは最大で体長が1メートル以上になり…などと書いてあり、そして
「彼らは他の生物から養分を摂取できなかったらしい。海中を漂う養分を体表から摂り込むか、あるいは光合成を行っていたようだ」
とあった。
この部分はのちに、捕食行動と対比されるかたちで再び語られる。「弱肉強食は、カンブリアの生き物たちからはじまったのである」といつだったかの僕は書いている。ディッキンソニアをモデルにした架空の生き物は、主人公が小蝿や爪の甘皮や鶏肉のささみなどを与えると一応のろのろと食べるのだが、何故か栄養不良で死にかけている。
その生き物は、まさしくディッキンソニアのように他の生物から栄養を摂取できないのかもしれない。だとしたら、その生き物は今の世において、まことに生きにくい…
それが小説の終盤で、そのあとに短いエピローグのようなものがあって終わっている。
それからどんな流れでそうなったのか、ナウシカ(漫画版)の話になった。どんな流れでといま書いたが、いかようにも繋がりそうではある。ナウシカに出てくる生き物たちはカンブリア的なデザインだと思う。エデイアカラ的な要素もあるのだろうか?(きっとある、と思う)
すしさんはあの複雑な話を子どものころに読んだのだそうだ。僕はいつ読んだのだったか、社会人になってから少なくとも二回は読んでいるはずだが、呆れるほどなんにも覚えておらず、ぼんやりした断片しか浮かばない。すしさんにあれは? これは? と聞かれるたび、「覚えてないです」とオウムのように言い続けた。でも、「このフレーズは覚えてますか?」と何かセリフのようなことを言われたときに、かすかに脳みその奥の方でちっちゃな信号がチカチカする感じがあった。いつかナウシカを読んだときに、何かのセリフに感動して、どこかに書き写したことを思い出した。
感動したのは確かなのだろうが、その内容はこうして覚えていない。そのときの僕はもう他人のように遠い。
この日記もそのうち他人が書いたもののように読み返す日がくるかもしれない。それは少し楽しみでもある。自分をもっと他人のように扱えないものかということをさいきんは考えている。それはそれとして、記憶力が低いのは悲しいのだが。
(画像はChatGPTにエディアカラ紀をイメージして作ってもらったもので、意味のわからないものが出てきてしまったが、回数制限でもう作れない)
堀敦詞
コメダ珈琲店がたくさんある町の出身。
東京にもたくさんあって嬉しい。
焼きうどんと焼きそばとパスタをローテーションで食べている。
【「火を焚くZINE vol.1」発売予定】
◆2025年1月19日(日)文学フリマ京都9 @京都市勧業館みやこめっせ1F
→関西方面で買えるのは今のところこの文フリ京都のみ!
◆水道橋の書店・機械書房さんにてお取り扱い。オンラインショップあります!