見出し画像

寒い季節の一人旅(夏の手前で今一度)


寒い季節の一人旅が好きだ。
その寂しさが。

まだ十代の冬、大学にも入る前、
初めて一人で見知らぬ土地を巡った。
行き着く先も知らず、いろんな街を歩いた。
いろんな場所で眠り、すり減らすように音楽を聴いた。いろんな景色を好きになった。
数冊の文庫本を、まるでお守りのように運んだ。
買ったばかりの数万円のカメラは、今よりずっと大事だった。

一人旅の寂しさを愛するようになったのはきっとこの時だ。
でも、いつまでも続かないからいいもので、
少し暖かい匂いの風が吹き始める頃に東京へ帰れば、また、賑やかさを愛した。

それからは、冬になると人知れず一人旅を重ねた。
自分以外は誰も知らない、
誰にも説明する必要のない旅。
誰にも会わないままでいたい日々には、
正真正銘の虚しさで、帆を張って漂う。
なんて贅沢な。

そう、孤独は贅沢である。
寂しさは温かい。
静寂は優しい。
自分の中にある空虚さを見つめながら、私は度々、他者に出会う。
賑やかな日常では決して出会えない形で、深さで、様々な他者に出会う。
誰一人知る人のいない土地での、不思議な邂逅。

私の中には、まだまだ知らないことがある。
言葉、記憶、想い、あの人、どうして、言葉、静寂、風、お腹空いたな、、
自分の中の汚いもの、綺麗なもの、こねくり回して、結局ただの自分であること、気付くまで。
心のどこかは絶えず痛い。
かじかむ指先は祈り。


寒さのものさしは、わりと心によるらしい。
人気のない道で、私はようやく私になれた。
走り出しそうな、叫びだしそうな、私になれた。

考えないようにしていたこと。
私の心の歪んだとこも、
あの人が今頃見ているものも、
本当はどうでもいい勝手さも、
そのくせ夢に見てしまうのも。
全部全部、嘘だらけで愛おしい。

そうか、
際限ない記憶から忘れられたのは
むしろ私の方で、何かのせいにすることも、
つまりは自分を傷つけていたんだよな。
リュックに染み付いた匂いは、
私が行けなかった場所の匂い。
いつまでも手を振ることは、できないんだ。

本当は嬉しかった。
寂しい人だね、とあなたに言われたこと。

何度目かの宙返り。瞼の上には水平線。

足を止めても辿り着いてしまう場所は、確かにあった。

見せかけの今日なら、うちへ帰ろう。

そう思った私は白いスニーカー、
歩きくたびれて、眠ったあとの話。



いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集