見出し画像

「街と本」 縁側 そと

幼い頃の楽しみは、
父親と本屋に行くことだった。

父はいつも、日曜日の昼下がりに、
「本屋に連れてってやろうか。」と言った。

家から10分ほどかけて、本屋に着く。
父は決まって「好きなものを見てこい」と言う。
私は児童書コーナーへ行って立ち読みに没頭する。
ふと我にかえると、小一時間経っている。
不安になって父を探しに行く。
父はだいたい、ギター雑誌かプロレス雑誌が
置いてあるコーナーにいる。
側に立つ我が子に気づいた父は、
「いい本はあったか?」と訊ねる。
私は立ち読みで吟味した絵本をねだる。
私が中学生になってからも、
(もちろん、児童書コーナーは卒業した)
本屋がなくなるまでこの流れは続いた。

買い物を終えると
本屋の一角にある喫茶店でお茶をした。
いつもケーキセットを頼んだ。

この時間がとても好きだった。

今思えば、
欲しい本があったから本屋に行ったのではない。
もちろん本は好きだったが
父と出かけることが、
なにより楽しみだった。

私と父にとって本屋は、
本を買うためだけの場所ではなかったはずだ。

あの本屋はなくなり、街もどんどん変わり続け、
思い出と重なる部分は少なくなった。

しかし、本屋があったあの暮らしと街は
少なからず今の私を作ってくれている。

今でも私は、ふらりと本屋に立ち寄る。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?