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きゃわわなちいちゃこいうし、ぱげたろう

 飛将が5歳の年のある日。

 春に岩手からやってきた3歳の牛たちの部屋の移動をするという。庄八軍団の3頭、薬師大力・庄八・飛将は、左からこの順に並んでいたが、飛将のとなりの部屋は、長老・平畑が引退したため、空き部屋になっていた。

 3歳のちいちゃい牛は6頭来た。黒が3頭に赤(茶色のことを赤という)が3頭。そのうち赤牛の1頭は、若手勢子のすずきくんが牛持ちになった。名前を「真醒斗(まさと)」という。鼻筋のしゅっとしたイケメンな牛。すずきくんは牛をじょうずに扱えるとってもいいこで、飛将のことも「ヒショウチャン」と呼んでかわいがってくれていた。

 なので、会長に「飛将のとなりはすずきくんの牛がいいな」といったのだけど、願いは通じず別のもう一頭の赤牛が入った。

 その子は中でもひときわちいちゃな牛で、まだまだいかにも赤ちゃん牛の風情。飛将はとなりにとつぜん現れたじぶんよりちいさくてかわいい牛に興味津々。私もはじめはすずきくんの牛じゃないことにがっかりしていたのだが、あっというまに気に入った。

 その子のでこにはちいさく毛のはえていない部分があり、私は「ぱげちゃん」「ぱげすけ」「ぱげたろう」「ぱげ」と呼んでかわいがることにした。会長はそういう特徴を名前につけるのはだめだ!とたいそうご立腹であったが、ぱげはまったく意に介している様子もないし、私もそういう圧に屈しない方であり、ただただかわいくてつけたのでそのままにした。

 ぱげすけは本当に愛らしく、人懐っこくてきゅんきゅんする。飛将は私にとって一番かわいくてだいじな牛であるけれど、ぱげのようなかわいらしさは持ち合わせていない。これはその牛の性格なのでどっちがどっちということはない。飛将は甘えてべたべたするタイプではなく、クールで神経質なツンデレで、ぱげはどんだけべたべたとかわいがっても嫌がらず甘えてくる牛だ。どちらもかわいい。なにも問題はない。

 この頃の5歳の飛将といえば、まだ私を警戒して顔も角もなでさせてくれない、だがかゆいところはかけ、そこじゃない、といっては角を振る(でも絶対に私に当たらないように振っている)、常にお互いの間に緊張感を漂わせている関係だった。そのフラストレーションをぱげで解消する。ぱげはどんだけなでても嫌がらず、もっともっとと顔を寄せてくる。犬か何かかこれは。

 流行り病の影響で、その年の初場所は6月となった。ぱげの牛持ちは決まっていなかったので、闘牛会の牛としてのデビューとなった。私は一番かわいがっている身として命名を懇願し、

「子龍(しりゅう)」

と名づけた。わかる人にはわかることだが、三国志の武将のひとりの名前だ。ゲームでは蜀の五虎大将軍(つよい5にん)のひとりで高身長のイケメン武将、といった感じだったので、ちびのぱげすけが大きく育って強くなってほしいという願いを込めてつけた。龍の子、というのもとってもかっこいい。ちなみに真醒斗と子龍以外の3頭は黒牛の兄弟だったので、玄徳、雲長、張飛、と名づけた。なんかスカッとした。きれいに決まったというかなんというか。なお、張飛だけ張飛なのは「徳」かぶりを避けたのとわかりやすさのため。わかる人へ。

 ぱげはすくすくと大きくなった。とはいっても、ちいちゃめなのは変わらず、赤ちゃんみたいにかわいいのも相変わらずだ。飛将の分のバナナをわけてあげては飛将が猛烈に怒り狂う、という楽しい週末を何度も過ごした。庄八さんのかついでくる草や野菜も、わけてもらってははむはむ食べていた。

 私は自分の牛のようにかわいがっていたのだが、ぱげには私が自分の牛持ちではないことがわかっているようだった。バナナもおやつも、自分のために持ってきているのではなく、飛将の分を分けてもらっていることを理解しているように見えた。私のなかにぱげに対するどこか申し訳なさのようなものがあって、そう思うのかもしれない。私には2頭目の牛を持つことは無理だったから。どんなにぱげがかわいくても、それは無理だった。

 4歳になってからも、ぱげすけのかわいらしさは変わらず、いつになったらおにいさんになるんだろうかと不安になるくらいだった。私のように溺愛することを良しとしない人たちもいるから、自分の牛でもないのにかわいがるのはよそうかなと思ったりもした。でも師匠の庄八さんは、「かわいがったら弱くなるなんてそんなことがあるわけない。牛舎でかわいくて、角突き場で強ければ一番いいね!」といってくれた。私もそう思うことにして、飛将もぱげもやっくん(師匠の牛・薬師大力のこと)もいっぱいかわいがることにした。

 子龍の角突きはとても真面目なものだった。角の見た目はあまりいいとはいえないが、それを補うようにとにかく押しが強かった。むしろ押ししかないようなところもあるのだが根性もあり、とにかく真剣に押し続ける。押して押して押しまくる。柵際に相手を追い詰めて、中に戻さない。ちびでまんまるで押し相撲。まるで大関・貴景勝。でもかわいくて真面目なのでどちらかといったら宇良かな。ピンクの面綱を作ってあげようかと思った。でこのぱげも角突きには問題がなかった。毎場所取組前にでこのぱげを頭の毛でかくれるようにしてあげていた。それがよかったのかどうかはわからないが、やらないよりはよかっただろう。ぱげは、いいこいいこしてもらっていると思っていただろうね。

 4歳の子龍も、6歳になった飛将も、順調に階段をのぼっていた。「おくまがかわいがる牛はみんな強くなるね!」といってくれるいいひともいた。なにか裏があるんじゃないの?なにもでませんよ?と不安になるも、素直にありがたく受け取った。ほんとうに2頭とも、かわいくていい牛だ。

 そんななか、ぱげが別の牛持ちの牛になることが決まった。

 これまでも、なんとか私がずっとかわいがっていける方法はないか考えてはいたものの、かなわなかった。いろんなひとがいろいろ考えてくれたが、かなわなかった。でもそれがぱげすけの運命だ。そして私の運命だ。遠い南の国に行ってしまうわけではない。今生の別れというわけではない。これからも山古志の牛舎に、飛将のとなりにきゅるんって顔していつもいるのだ。

 じぶんでじぶんをそう励ましたが、別の名前で角突きをしているぱげを見ていたら、なんだか泣けてきたのだった。

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