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小説

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#ショートショート

おもてなし

私の行きつけの店で、いつもいいようにしてくれる店の主人がいる。

その店は、有名なクチコミサイトでの評価は常に星4位上をとっていて、行くたびにお店はほぼ満席状態だ。これだけ繁盛しているお店でも、私が予約の電話をすれば必ず席を取っておいてくれて、おまけにちょっと高めのいわゆる裏メニューを出してくれる。
私が会社の上役に昇進したときのお祝いにこのお店を使って以来の付き合いだ。はじめはちょっといいお通し

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レジ

レジ

「久しぶり」
そう呼びかけられて、ふと前を向くと知った顔があった。僕の自分勝手な自己陶酔の果てに悲しみと青春の痛みを与えてしまった彼女が。
気怠いコンビニの深夜バイトが始まった冷たい春の夜の初めに彼女は現れた。

「引っ越ししてここ近所だからよく来るんだよね。」
そんなことを言っていたかもしれない。そんなことがわからなくなるくらい僕はショートした機械のように停止する。大学から近いからという理由

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トンネル

残業から解放されて疲れた体を引きずりながらいつもの電車に乗り込む。帰宅ラッシュを過ぎた車内ではまばらに座席が空いていた。中途半端に空いていた座席に体を沈ませる。隣の女は鬱陶しそうに体を少し避け訝しげにこちらを一瞥するとすぐに目を閉じた。
自宅までの最寄駅まではここから20分くらい。束の間の休息。家に帰ればやりかけの家事が待っている。これをやるためのエネルギーを温存するために私も目を閉じた。

かれ

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ダイビング

ダイビング

僕の仕事は海へ潜ることだ。
正確にいうと、空の白い窓から降ってきた”言葉”から関係するものを海から拾ってきては陸に上げる。
その繰り返し。

僕の仕事場は普段は浅瀬から広い海原の向こう側まで。時には、海の底に埋まっているボロボロの鉄屑や洞窟に巣食う海獣たちを横目にキラキラとした宝石を拾っては陸にあげる。

最初は探してくるのに時間は掛かったけれど、最近はボンベが軽量化してフィンの扱いにも慣

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銀行

銀行

「こんにちは。時間銀行です。今回はどのようなご用件でしょうか?当行では,時間の預け入れ,引き出し,融資など幅広い商品を取り扱っております。時間の引き出しの件についてですね。現在あなたの口座には7年と7か月13日5時間42分の預け入れがあります。分数は利息になります。引き出しの限度時間は一度につき3年までとなっております。今回は3年分のお引き出しですね。承知しました。では手続きをしてまいりますので少

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片づけ

片づけ

部屋の片づけをしていたら,引き出しの片隅から昔もらった手紙が出てきた。

その中には中学校の頃によく遊んでいた友人からのお別れや自由奔放な姉からの応援,担任からの餞別,甘酸っぱい思い出など様々な想いであふれていた。

じっくり見ていると当時の思いがそのまま溢れ出してきそうでこそばゆい。

”そんな時代もあったねと いつか話せる日が来るわ”

いつか聴いた歌を口ずさみながら,止めていた手を動かしてま

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サイレント

サイレント

彼は黙っている。

朝、妻にゴミ出しを頼まれた。

彼は黙っている。

早朝の疲れた目をした人たちが運ばれるために待っている電車のホームであたかも平然と横入りする女に会った。

彼は黙っている。

部下がしたミスで上司から理不尽に怒られた。

彼は黙っている。

お昼に注文した唐揚げAセットが魚の煮付けBセットに変わった。

彼は黙っている。

終業時間間際に取引先から至急やってほしい仕事があると

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パフェ

パフェ

冷たいバニラアイス上、クリーム山の頂上に堂々とそびえ立つのは、ツヤツヤに光ったイチゴ。
宇宙船から伸びる光のように頂上のイチゴに向かって一直線に降り立つ長く伸びるスプーンは、生クリームとイチゴを誘拐した。

ごめんね

ふとスマホの画面を見るとメッセージが1件届いていた。送信主は不明。

スマホのロックを解除してメッセージを確認すると,私が幽霊のように存在を消したサークルに入っている友人からだった。私がサークルから抜けて彼女とは一度も連絡を取っていない。時折,彼女のほうからメッセージが届いていたが1年ほど私はそれを無視し続けていた。

彼女から送られてくるメッセージのどれもが,私に対する心配ではなく彼女が私に免罪

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電球

電球

パチンという音がして電球が切れた。

直接目を向けると目が焼かれるくらい細く強い光を放っていたフィラメントは,丸い電球の中でプツンと切れてゆらゆらと揺れている。

蛍光灯やLED灯が主流で今では雰囲気づくりの長物になってしまっている白熱灯。また電球を買いに行かなければいけないと思い,ホームセンターに行くというリマインダーを設定する。

電気を発明したのはかの有名な発明王,エジソン。フィラメントが熱

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遺失物取扱所

今日、遺失物取扱所に拳くらいのゼリーみたいな球体が届いた。届けてくれた人は不気味なものを触るようにそれを届けると足早に去っていった。その球体は、初めの方はぷるぷると小刻みに震えていたがこちらが触れようとすると石のように硬くなった。こんなものは見たことがない。だけど不思議と惹かれる。そんな落とし物だった。
それから1週間が経つと、球体は私が近づいても石のように硬くなることもないし小刻みにぷるぷると震

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テレビ

テレビ

PM23:00
残業で疲れた体を引きづりながらやっとの思いで帰宅する。玄関の扉を開けると、暗闇が待っていた。部屋に入り電気をつける。チカチカ不規則に光りながら蛍光灯は無機質についた。なんとも言えない静けさが心の隙間に染み込まないようにリモコンに手を伸ばす。
電波を受信したテレビでは、白いスーツを着た女性が暗い口調で原稿を読み上げている。隣に座る男性は、深刻そうな面持ちで静かに彼女の横で時折相槌を挟

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冬

しんと静まり返った真夜中の部屋でピンポーンと妙に高いインターホンの音が鳴る。こんな時間に宅配?何かたのんだ覚えはないが、重たい腰を上げて玄関まで行くと、雪だるまの冬が玄関の外に立っていた。

飛行機雲

負けた。

それを認めてからはあとは楽だった。自分が人生の成功者でもなく世界を革命的に変えられる力がないことも,あの子を幸せにできるような力もないことを認めることも,すでに分かり切っていたことなんだ。ふと見上げた空に一筋の白い線が引かれていた。それは,真っ青なキャンバスを2つの世界に分断する線でどこまでも続いていく。自分の中の小さなプライドが邪魔をして認められなかった世界を分かつ境界線は今は重たく

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