人間でよかった
私たちの行動はほとんど「意識」ではなく、「無意識」が決めているという話を聞いたことがあると思います。
「受動意識仮説」ですが、昔は私も自分の行動は「意識」で決めているつもりでした。
しかし考えれば考えるほど、確かに「無意識」が先に決めていることがわかりますね。
例えばご飯を食べること。
エネルギーが足りなくなってくるのを感知すると、先に「無意識」がご飯を食べることを決め、その後その決定が「意識」に伝わりご飯を食べようと考える。
なぜなら「エネルギーが足りなくなるとご飯を食べたくなる」という流れがセットとして1つの無意識プログラムになっているからです。
いきなり目の前に好きな子が現れると顔が赤くなったりドキドキするのも、「無意識のセットプログラム」があるからです。
それからどうしようかと「意識」で考えることさえも、
実は今までの経験から無意識プログラムがすでにその答えを出しているのが分かります。
なぜなら、いつも後になって考えてみると
「なんで、俺あんなことをしてしまったんだろう」
と「意識」で判断したとは思えないようなことをしてしまい、後悔するからです。
まだ答えが出ていない状態で「意識」で考えられるなら、おそらく後悔しない答えを出し、行動していたでしょう。
「無意識」が先に答えを出している、つまり答えありきの行動しか出来なくなっていたのですね。
そう考えると、大切なのは自分を成長させるようなプログラムを「無意識」の中に作ることになります。
ただし、人は「無意識」を持たないコンピューターとは違い、コツコツとプログラムを作らなくてはなりません。
しかしそれが個性になり、喜びにもなります。
通信やSDカードの入れ替えでプログラムできるような人間がいいと思うでしょうか。
誰もが同じ考え、同じ行動をするなんて、もうロボットですよね。
自分だけの経験、自分である意味が、失くなってしまいます。
やはり無意識プログラムをコツコツ作らなければならない人間で良かったと思いませんか。
周りの人と違うところのある人間で良かったと思いませんか。
1日1日コツコツと一緒に無意識を作っていきましょう。
それでは。