2020年の自選短歌30首
ポケットに入れっぱなしの蝶々がインディゴに染む十六の春
いっぱいの水を貼り付けバスはゆくけやき並木に雨のそぼ降る
高いって遠いことだよ月行きのエレベーターから望む地球は
買ってないくじの抽選見るように恋を失う鈴掛の径
水風船投げれば割れてすつぱりと女ではなく人になりたし
六月のままの暦をひとつずつ千切れば風は流れはじめる *1
鼠ほど強くなれたら 階段で立てた中指ずっとつめたい
地下鉄の窓はあけられ鼻先のマスクにふれる古い水の香
花の名のわかるアプリを吸殻にかざして何も出ない、よかった
恋愛の半減期とは口ごもるきみが天気の話ふるまで
レースには糸より穴のおおいこと銀河の網に指を差し入れ
除いても除いても涌く民草の声はミントのごとく薫れよ
いろはすの弱さが嫌いこれ以上ないほど踏めばすこしくすんだ
水栓を締めるあいだもホースから水が流れる、ごめんと思う
歯ブラシがだめになるのが早かった四月の肩を撫でてあげたい
一度押すだけでいいのか教えてよカルピスソーダあふれてしまう
「高潮はここまで来ます」の水色の線をゆらりとキアゲハの越ゆ *2
朝顔の鉢を街路に叩きつけプラスティックの割れぬかなしみ
まれびとの寄りつく浜でどこまでもつながる浜で歌う ひとりだ
どの角を曲がれば海へ ヴェネツィアの夜に迷えばみな同じ顔
うんが、から鼻濁音のみ浮かぶ夏 都市の水辺に魚が戻る
側溝のガラス破片はそれぞれに違う向きしてはね返す空
クスノキの花降る道にフィアットを止めて眠れば旅と同義で
事実かは問わずに聴くよ ものがたる人と物語は分けられない
Santa Feの宮沢りえを取り囲む女子のつむじに昇る花の香
街路樹をひとつ過ぐたび私たちかわりばんこに男子になれた
髪をほどき手を振り回しシャボン玉いちばん壊したふたりになろうよ
あめ玉を舐めるはやさの違うこと他人の口の暗い平熱
冬、きみを走らせ頬を赤くしたい眉毛に雪の白を乗せたい
新しい菜箸で焼く卵液のきいろ 季節をたぐり寄せ春
*1 2020/1/5NHK短歌入選、放送
*2 2020/10/19NHK短歌11月号佳作
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