Hasselbladがやってきた。奇跡のような道のりで。
中判カメラを本格的に探し始めて数ヶ月。ついに今日、私の元に待ちに待った荷物が届いた。
そう、Hasselblad 500C/Mがついに手に入ったのだ。
当初はMamiya RZ67を含めあらゆるタイプの中判カメラを検討しつつも、いずれは500C/Mが欲しくなることが目に見えていた。ベルリンのとある店舗で販売されていたものは値段が高すぎて手が出ず、最終的にはオンラインで日本各地の中古店をリサーチしながら、本体とレンズ別々で探すも、理想のものが見つからなかった。
しかし、少し時間はかかったが、粘りに粘って、最終的にはある意味奇跡のような道のりを経て、このカメラが私の元へやってきてくれた。このカメラと私を結び付けてくれたのは、なんとも不思議な縁そのものだ。
全てを説明するとなると、時はなんと2008年に遡る。
2008年、社会人2年目の夏。私は某レコードレーベルの宣伝担当として、プライベートの生活を全て犠牲にし、身を粉にしながら、毎日深夜(明け方まで働くこともしばしば)まで働いていた。それでも、世界的に非常に知名度ある海外のミュージシャン達の宣伝担当として働いていたので、そのやり甲斐と、音楽に対する愛から、自分の全てを投げ出してまで仕事に打ち込む日々だった。
そんな中、社会人1年目に働いていたC社の縁で、ちょうど夏フェスでイギリスから来日した某バンドSのドラマーJから、「ライブ見においでよ」とお声がかかった。久々に彼らと再会し、ライブの後そのまま関係者と共にディナーにも誘われ、最後は彼らが泊まっていた六本木のグランドハイアットのバーで皆で飲むことになった。
そのバーでどこに座ろうかと一瞬考えた隙に、非常に背の高い男性がこちらに寄ってきた。彼は、公式フォトグラファーとしてバンドに帯同して全世界をツアーしているというオランダ人フォトグラファーであり、皆から「HP」と呼ばれていた。
そしてHPは私の横に座ると、私にこう言ったのである。
「君からはものすごい、頑固で強靭な創作のエネルギーを感じる。ものすごいオーラだ。僕には見えるよ。」
そして、「君は何しているの?」と私に尋ねてきた。バンドSの元宣伝担当者で、今は他社で有名なミュージシャンの宣伝担当をしている、と私は答えた。すると、彼はこう言い放った。
「本当にそれでいいの?」
私はこの時ものすごい衝撃を受けた。というのも、当時の私は、仕事にやり甲斐を感じながらも、全てを投げ出して犠牲にして働くことに疑問を感じ始めていたが、それを自分で認められない状態だったからだ。さらには、それを誰にも話すことすらできなかった。(当時は家族や友人と過ごす時間もゼロ、なので当然彼氏もできないし、とにかく仕事のみの人生だったのである。今思えば信じられないことだ。)それを、今会ったばかりのHPに一瞬で見抜かれていたのである。
「この仕事で自分を犠牲にしすぎてるんじゃない?君にはバランスが必要だよ。」
すると彼は、持っていたカメラ機材のバッグから、ゴソゴソと何かを取り出し始めた。何かの写真集のようだ。
「はい、これが僕のポートフォリオ。会った人全員にはあげないんだ。本当にあげたいと思った相手にだけ、名刺の代わりに渡してる。君に一冊あげよう。」
写真集には、イギー・ポップからU2まで、HPが撮影した大御所ミュージシャンの写真であふれていた。そしてHPは、ポケットからちょっとくたびれた紙切れを取り出した。何やら番号がたくさん書かれていて、一部の番号には斜線が引かれている。
「この本は1000部しか刷ってない。君にはこのシリアルナンバーをあげよう。212。君に必要なのはバランスだからね。」
すると212を斜線で消し、写真集の中表紙の部分にメッセージを書いてくた。
「 To Hitomi....become as beautiful as from the inside as you are from the outside....!」と書かれていた。
この出来事は私の中でその後も大きく心に引っかかり続け、いずれ東京での社会人生活をやめるきっかけになったとも言える。が、肝心のHPとはLinkedInで繋がっている程度で、その後特に連絡をとりあうこともない状態が続いた。
そして、今年の4月。中判カメラを本格的に探し始めるも、思うような商品が見つからない状態が続いていた中、とあるアイデアを閃いた。ドイツでも日本でも見つからないなら、隣の国オランダはどうだろうか。
「HPに訊いてみようかな…」
そして、約11年ぶりにHPにメッセージを送ることにした。Hasselblad 500 C/Mを探しているのだが、誰か信頼できるディーラーをオランダもしくは周辺国で知らないか、と。返事がくる保障もなかったが、とにかくメッセージを送った。
すると驚いたことに数分後、返事が届いた。「この人に連絡すると良いよ。僕の紹介だと必ず言ってね。」
そこにはオランダの中小都市のとあるディーラーの名前とメールアドレスが書かれていた。そこで、私は早速HPからの紹介である旨を添えて、ディーラーにメールを送った。
すると1時間もしないうちに、返事が届いた。
「今は在庫がないけれど、覚えておくよ。もし見つけたら連絡するね。」
そして、このメールのやり取りからあっという間に1ヶ月ほど経過。その間ベルリンで引き続き500C/Mを探し続けるも手がかりはゼロ。「5月に日本で探すかな」とあきらめかけていたある日、突然1通のメールが届いた。
「まだ500C/M探してる?良い状態のものを手放してもよい、という人がいるんだ」
即返信して詳細を尋ねると、本体に加えてフィルムバック、レンズ2本、ポラロイドバック2つ、さらにはケースまでついているという。これ以上の好条件はない、というくらい全てが理想通り。
あまりに好条件なので、つい色々と質問してしまう。そのうちに、このカメラの持ち主はHP同様、オランダで有名な音楽業界専門のフォトグラファーであることが判明した。なんでも、デジタルのHasselbladを購入したので、アナログ機は手放しても良いという気になったのだそうだ。
私はこの時点で、このカメラが運命の波に導かれて私のもとにやってきたという気がしてならなかった。そして何よりも、この店主とその従業員とのメールでのやりとりから、彼らが本物のプロフェッショナルで、さらには写真を愛してやまない人たちであるということが、滲み出るように感じられた。
彼らとのやり取りを経て、私の心にはもう迷うという選択肢がなくなっていた。
そして今日、私の元に無事にやってきてくれたのである。
箱を開けると、1枚の紙が入っていた。
この手書きのメッセージを読んだとき、「ああ、この人たちを信頼してよかった」と心から感じた。
11年を超えた縁で、私のところへやってきてくれたHasselblad。きちんと手入れしていれば一生私のお供になってくれるはずだ。
そしてHP、本当にありがとう。
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