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脳細胞が次世代コンピュータになる?~「脳オルガノイド」による「BPU」の実証

2025年1月17日、ソフトバンクは「ソフトバンクが取り組む次世代コンピューティング研究に関する説明会」を報道関係者向けに開催。その内容は、同社が東京大学 生産技術研究所と研究している「脳オルガノイド」をコンピュータ分野で活用する未来についての研究内容と成果について、そしてコンピュータに人工的に作られた脳細胞そのものを活用する「Brain Processing Unit(BPU)」の研究開発について。

説明会でソフトバンク株式会社 先端技術研究所 先端5G高度化推進室 室長である朝倉慶介氏 は、「脳オルガノイドは、今のAI機械学習に比べて学習の速度が圧倒的に速い。20分の学習で、実際に1.5倍程度も精度の向上がはかれています」と説明。

コンピュータ分野に実際の細胞を接続して活用するというコンセプトには驚いがが、世界初の成果として「脳オルガノイドは1個で学習した時より、2個、3個と接続して使うことで正答率が向上する」というスケーラビリティ性が実験で実証できたという発表にも驚かされた。

ここでいう「脳オルガノイド」(Brain Organoid)とは、iPS細胞を使いヒトの脳の活動を模倣するように作られた三次元的な細胞の集合体のことだ。簡単に言えば、iPS細胞から生まれた脳のように考える細胞のこと。現在の研究環境では「脳オルガノイド」はひとつ約1cmの大きさ。人間の脳のサイズが10数cmなので、脳と比較するとほんの一片の大きさに過ぎない。この研究の伸びしろは大きく、可能性は大きく拡がると考えられている。

ソフトバンクは東京大学 生産技術研究所 池内研究室 池内与志穂准教授と連携して研究している。池内准教授は分子細胞工学を専門としていて、小さな「脳オルガノイド」を「軸索(神経線維のこと:神経細胞から伸びる突起)」でつなぎ、脳の領野間結合を再現した神経回路モデルを開発、共同研究を行っている。ソフトバンクはこれを、従来の「CPU」、AIやグラフィック処理などに活用されている「GPU」、今後の進化と実用化が期待されている「量子(QPU)」に次いで、将来のコンピュータ技術として「Brain Processing Unit(BPU)」コンセプトの研究を進めていくとしている。

次世代コンピューティングの可能性を探る超先端技術のとして「BPU」を研究はまだ入り口に差し掛かった程度であり、実用化は40~50年後と予測されている。まさに未来の技術であり、BPUの旅は始まったばかりだといえる。なお、「BPU」は「CPU」や「GPU」と排他的なものではなく、得意分野で共存していくものを想定している。

今回の研究の成果発表についてソフトバンク株式会社 先端技術研究所 先端5G高度化推進室 企画推進課 研究員である杉村聡太氏は、「例えば、未知の事態や環境に出くわした時にどう適応していくのか、それを的確に迅速に判断することについては、今までの経験から学んで対応できる人工の脳組織が最も適しているのではないかと期待しています。」と説明。

ソフトバンクは、世界初の研究成果として、人工の脳組織「脳オルガノイド」を連結させると、より人間の脳の構造に近い、複雑な神経回路を構築することができ、単体よりも高度な情報処理ができることを実証したと説明。人間の脳は大きくていろいろな能力を担当する部位があり、その複雑な回路は複雑に絡み合っている。東京大学の池内准教授によれば、今回の実証により、脳オルガノイドはひとつひとつが小さいものの、いろいろな能力を持つ複数の脳オルガノイドが連結することで、将来的には人間の脳ができる領域に少しでも近づける可能性を示唆したということだ。それを裏付けるためには、複数の脳オルガノイドを連結することで能力が高まるか否かを実証することが重要になる。そのため、脳オルガノイドが単体のとき(ソロ)、2つの脳オルガノイドを連結した時(デュオ)、3つの脳オルガノイドを連結した時(トリオ)の正答率が向上するかどうかをテスト(活動データの取得)した結果、正答率の向上が確認できたということ。これは世界初の成果となる。

「脳オルガノイド」も既存もAI同様に学習させる必要がある。ディープラーニングのような機械学習では通常、AIが正しい行い(成功)をしたときに「報酬」を与え、間違ったとき(失敗)には「ペナルティー」を与えることで、AIが正しい行い(成功と失敗)を判別できるようになる。

今回の「脳オルガノイド」でも、外部の電極デバイスを使って細胞に活動電位(電気刺激)を与えることによって「報酬(うれしい)」と「ペナルティー(嫌がる)」を与えることができる。まずは細胞が活性化する活動電位(報酬)と、ノイズ的な活動電位(ペナルティー)を特定した。その電位を使い分けて電極デバイスから活動電位を与えることで、細胞に対しても成功と失敗を学習させることができるというわけだ。現在のAIでの黎明期もプロック崩しゲームで学習させたことが知られているが、今回もゲートを通過するゲームを使用して、細胞にゲームをさせて、成功と失敗を学習させたということだ。

「BPU」実現までの長い旅はまだ始まったばかりだが、これらの研究が進めば、現在のAIよりも更に高精度で、応用力があり、広い思考を持った汎用的な人工の脳が実現できるかもしれない、そんな可能性が抱ける発表となっていた。AIが、人間の脳神経細胞を模倣したコンピュータ技術である人工ニューロンを要素技術のひとつとし、あたかも人間がするような学習によって、今までコンピュータではできなかった知能的なことが次々と実現され始めていることは広く知られている。

AIでは、演算能力が高いハードウェアとして「GPU」の存在が重要だが、今回の発表では、脳オルガノイド(細胞)を「BPU」として活用すると、現在のAI機械学習より圧倒的に高速で学習できる見込みがあるとされている。

また最近では、AIの学習・推論による電力問題が取り沙汰されているが、脳オルガノイドは省電力、消費電力については圧倒的なアドバンテージがある。また、人間の脳は過去の経験から、未知の出来事に対処したり、比較的短時間で対応したりできるが、「BPU」も細胞を使うことで、同様に対応能力が高い知能を持つことが期待できる。

人間の脳を模倣する電子デバイスと併用して、人工の脳細胞を使った学習と推論が展開される未来図が描かれている。今後、培養技術が進歩することで、培養神経組織の情報処理能力が一層高まる可能性が期待される。今回の実証は、将来的なコンピューティング応用への可能性を示す重要な成果といえるのではないだろうか。

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