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すごい言語化 ~なにを言語化すれば自己肯定感が上がるのか~
ネットの世界は言葉の世界なので、今や自己肯定感を上げる方法のすべてがネットに掲載されています。
局所的にいうなら、ツイッターXには自己肯定感を上げる方法のすべてが載っており、それを実践すれば自己肯定感が上がります。
が、まあ、ひとりで実践できないことが多いので、皆さんなかなか自己肯定感が上がらないですよね。
さて、自己肯定感を上げる方法の1つに言語化があります。
モヤモヤを言語化すれば自己肯定感が上がる、というわけで、多くの人が「言語化しよう」と言いますが、いったいなにを言語化すればいいのでしょうか?
今日の出来事?
あいつのことを恨んでやるみたいなこと?
それで自己肯定感が上がる?
そんなバカな話はありません。
なにを言語化すれば自己肯定感が上がるのかといえば、心の中にある永遠と呼ばれている領域に潜んでいるものを言語化してあげればいいのです。
永遠はキルケゴール用語です。
芥川龍之介はそれを「ただぼんやりとした不安」と言いました。
夏目漱石は「不可思議な恐ろしい力」と形容しました。
ユーミンは「ひこうき雲」のなかで「空」と呼びました。
つまり、私たちの意思を超えている心の働きを言語化してあげるのです。
例えば、好きな人に好きと言いたい。こう思うのは意志の力です。
しかし、自己肯定感が低い人は好きと言いたいのに、今日も言えなかった、明日も言えなかった、明後日も言えなかった、という感じで、どうしても言えません。
その言えなさが永遠であり、ぼんやりした不安であり、不可思議な恐ろしい力です。
それを言語化してあげると自己肯定感が上がるのです。
ちなみに、精神分析家であるラカンは、芥川が「ただぼんやりとした不安」と形容したものは、実は法則性を持っていると洞察しました。
これはラカンの慧眼といってもいいと思います。
それは反復強迫と呼ばれています。
私たちの身に降りかかる不幸な出来事は法則性を持っているということです。
例えば、新卒で入った会社がブラック企業だった。やっとの思いでブラック企業退職し、次の会社に就職してもまたブラック企業だった。 3度目に就職した会社はホワイトだったが、異動してきた上司がブラック野郎だった。
ブラックから抜け出すことのできない人生というのは「運が悪い」を通り越して、実はその人がブラックな上司(すなわち病んでいる上司)と巡り合ってしまう何らかの法則性を持っているのです。
ブラックに遭遇したことを言語化することをとおして、その法則性を洞察する。そのことによって自己肯定感が上がります。
この法則は世代を超えて反復されるともラカンは言います。
すなわち2世代前の人の不幸になる法則や成功法則を、私たちは引き継いでいるのです。要するに、おじいちゃん、おばあちゃんの考え方の癖をまるっと引き継いでいるわけです。
というような感じ。
要するに、夜中に3行日記を書いても自己肯定感は上がらないのです。
正しい先生に正しい方法を教わりつつ言語化しないと、なんの意味もないということです。