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カマキリ脱走事件

8歳の息子は虫をこよなく愛している。
彼は物心つくかつかないかくらいから、ありとあらゆる虫を追いかけまわす生活を送っている。
虫なら何でもOK!出くわしたらGO TO HELLな虫代表、ゴ・・・でさえもへっちゃら。学校の個人面談では「自他共に認める筋金入りの虫博士です」と担任の先生に言わしめた無類の虫好きである。

一方私はというと大の虫嫌い。
チョウだろうがアリだろうが、あの折れ曲がった複数の足を見ると胸の裏側がぞわぞわして身の毛がよだつ。
数年前、息子のズボンのポケットから大量のダンゴムシが出てきたときはマジで卒倒しそうになった。
嫌いを通り越してむしろもう恐怖!貞子より怖い!

そんな私からなぜ息子のような無類の”虫LOVER”が生まれてきたのか・・・。
これはもう何かの七不思議くらいには認定されてもいいと思うのだが、今のところ誰も認定してはくれない。

そんな私と彼なので虫の話になると全く話がかみ合わない。
「ママ見て!超かっこいいクワガタ見つけたよ!」と満面の笑みで息子が見せに来てくれても、
「ぎゃ〜!飛ぶ!飛ぶから!入れて!秒でカゴに!ナウ!!!」と半狂乱で叫ぶ女ができあがるだけなのだ。
(ちなみに夫はこういうとき私を助けず大爆笑している)

そんな私と息子に先日、こんなことがあった。

小学校から帰宅するやいなや息子が、「ママ、今日大事件があったんだ!」と興奮気味に言う。
「どうしたの?」と聞いてみると、どうやら教室で飼っている大カマキリが脱走したらしい。そのため休み時間中、クラス総出で探した。けれどなかなか見つからず、もうダメかとあきらめかけた時、息子と息子の虫フレンドが下駄箱まで逃走していたカマキリをなんとか見つけ出して捕獲し、事なきを得たということだった。

これを聞いて私が第一に思ったことは、「なんというhell事案…。」だった。

カマキリが脱走し、それがどこに行ったのか分からないだけでも恐ろしいのに、カマキリのせいで貴重な休み時間まで潰されるなんて…。
踏んだり蹴ったりとはまさにこのこと!
そう思ったのだ。

だから私は特に何も考えず、
「へぇ〜、見つかってよかったね。カマキリがどこかにいるかもしれないと思ったら落ち着かないし・・・。しかも休み時間潰れて災難だったね。」と答えた。

けれど私の発言に対して息子からの返事がない。
家事の手を止めて息子を見ると明らかに彼の顔が曇っている。
「どした?」と聞くと、息子はポツリと一言。
「見つけて、捕まえられて、すごいね。ってママ言うと思ったのに・・・。」

瞬間、私は自分を呪った。
息子は私に褒めてほしかったのだ!
虫界隈は彼の得意分野で、その得意分野を生かして今日彼は学校内で活躍したのだ。言うべきは彼の言う通り「すごいね!」だった。
なんて空気が読めない母だ、私は!!

慌てて謝る。
「ごめん。ママ、あなたがカマキリを見つけたことも、捕まえられたことも凄いと思ってるよ。ママには絶対にできないから。」
そう言うと、息子は「そうでしょ。捕まえるの僕でも大変だったんだからね。」とにっこり笑ってすぐ機嫌を直してくれた。
息子が単純でよかった。

そしてそのあとで彼は
「でも僕、教室にはママタイプもいること忘れないようにするね!そっか〜、嫌だった人もいるんだね」と言ったのだ。
「ママタイプ?」私がそう聞き返すと、
「ママタイプポケモンだよ!特性、虫嫌い!虫の攻撃!効果は抜群だ!!」
息子は笑いながらそう言って、走って二階へランドセルを置きに行った。

残された私は止まった。

単純に驚いたのだ。
どうやら彼は私の著しく共感力の低い一言だけで、教室内には自分とは違う考えの人がいるかもしれないということに気が付いた。
そしてその気づきを「ママタイプポケモンもいることを忘れないようにする」という言葉で表現するなんて!

そしてなんだかホッとしてもいた。

正直私は、息子の大好きなものを一緒に楽しんであげられないことに罪悪感を抱くことがよくあった。
今回のことに限らず、息子が目をキラキラさせて私に感動を伝えてくれるのに、私はそれをちっとも理解してあげられず、それどころか彼の気持ちに水を差してしまうことがよくあったからだ。

でも、そんな私が母親だからこそ彼は、「人がみんな違うこと」、「自分では思いもよらないところで人が傷つくこと」を学べるのかもしれない。

そう思ったら、なんだかたまらなくホッとしたのだ。

親は完璧じゃない。それは自分が親になった時から十分すぎるくらいに分かっている。
それでも時に理想と現実のギャップに押しつぶされそうになることがある。
自分のせいで子供が不幸せになったらどうしようかと不安でたまらなくなることもある。

けれど、理想とはかけ離れた等身大の親の姿から子供が学ぶこともあるのかもしれない。
子供は親が思うよりきっとずっと賢い。
そう思った出来事だった。

ちなみに息子が次の日、
「ママ〜、昨日の話のカマキリ持って帰ってきたよ〜!」と言いながら帰ってきた。
私は前日あんなに共感してあげられなかったことを悔いたくせに、
「なんで!?なんで持って帰ってくるの!!!」と絶叫した。




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