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#75. ベルはベルでも「口の利けないベル」ってなんだ?


体型について、「衝撃的な細さだ」などとよく言われる。

今日なんてある女性から、ぼくの太ももが彼女の二の腕くらいではないかと疑われたが、さすがにそれはないだろう。

体重が軽い自覚はある。だが公表すると、男なら「病的」などと言ってくるし、女性であればたいていの場合嫌われる。

いちばん記憶に残っているのは、大学時代にアルバイト先の後輩と交わしたあるやりとり。

23 時ごろ、お店を閉めて、ふたりでモールの出口までゆっくり歩いていると、彼女が知り合いのバイト先からもらったというシフォンケーキを分けてくれた。

「あ!これ、後輩のバイト先から調達してきたんで、伊東さんにもあげます!」

疲れた身体にシフォンケーキとはありがたい。ぼくはいますぐにでも、食べたい気持ちになっている。

「これは、いまここで食べても大丈夫?」

「全然大丈夫ですよ!それ、カロリー抑えめにしてあるみたいなんで、夜中に食べても平気なんです!」

なるほど、彼女はどうやら、ぼくが夜食で太るのを心配しているのかと思ったらしい。だが、そういうことなら心配ご無用。なぜならぼくは、すでにものすごく痩せているからだ。

「あ~そうなんだ。まあぼくはいま体重 ○○ kg だし、そんなの全然気にしてないけどね(笑)」

笑って彼女の顔を見ると、...... あれ、おかしいな。向こうはまるで、親の仇でも見るような目で、冷たくこちらをにらみつけている。

「あー、わたしいまこの瞬間に、伊東さんのこと嫌いになりました」

...... え?

こんな突然の「嫌い宣言」があるものなのかと思うだろうが、一言一句たがわず、そのときぼくはこのように言われた。

そこからモールの出口までまだ、3 分ほど歩かなければならなかったが、そのときの気まずさと言ったらなかった。

ぼくの体重は、公表すると、こんな地獄を現世に召還してしまうのか。

ぼくはそれ以来、とくに女性には、自分の体重について聞かれても、「言うと嫌われるんでやめます(笑)」と言ってお茶を濁し続けている。

ただこんなぼくでも、実はここ数年で、体重は 8 kg ほど増えているのだ。

理由はジムでウェイト・トレーニングを始めたからで、体型はほぼ変わっていないのを見ると、単純に筋肉が 8 kg 分ついたということなのだろう。

高校時代は部活仲間に誘われたってかたくなに筋トレはしなかった自分が、まさか自らの意思でダンベルを上げ下げする日が来ようとは夢にも思わなかった。

ところで、ダンベルと言えば、英語では dumbbell という風につづるが、このつづりを見て、なにか気がつくことはないだろうか。

すこし英語のわかる人なら勘づくだろうが、この dumbbell は、「口の利けない」という意味の dumb と、「ベル」を意味する bell が合わさってできている。

つまりダンベルとは、文字通りには「口の利けないベル」ということだ。

どうしてあの器具にこのような名前がついたのか、語源を調べてみると、

どうやら、16 世紀のイギリスで、人々が教会のベルを鳴らす練習をするために、鐘の中にある clapper と呼ばれる部分を取り除いたものを使う習慣があったらしい。

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この clapper がなければいくらベルを振っても音は鳴らない。

だから「口の利けない、音の出ないベル」ということで、この clapper なしのベルに dumb-bell という名前がついた。

その後この練習用ベル dumb-bell が、どのようにしていまのダンベルにまで変わっていったのかはまだ定かではないが、この鐘の重さを利用して人々が身体を鍛え始めたということなのかもしれない。

いまとなっては、ダンベルそのものも、それを使って腕を鍛える人たちも、元となった教会の鐘やそれを鳴らす人たちとは似ても似つかないものになってしまったが、

見た目や用途の変化にもかかわらず、その名前だけが化石のように最初の形を留めているのはおもしろいことだ。

そんな風にして言葉に想いを馳せつつ今日も、筋トレに励む。

「もう『病的な細さ』だなんて言われたくないし、細く見えるせいで、あんな凍りついた修羅場を経験するのもごめんだから、頑張ってぼくを太くしてくれよ?」

そうダンベルに問いかけてみたが、彼はまたいつものように口の利けないフリをして、返事をしてはくれなかった。


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