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【コラム】変わりつつある、カスタマーサクセスの役割

こんにちは、sasket LLCの山田ひさのりです。私はIT企業(主にB to B SaaS)のカスタマーサクセスコンサルティングを生業としていますが、ここ数年でとみに感じるカスタマーサクセス業界の変化があります。これはまだ成熟したカスタマーサクセス組織を持つメガSaaSにおいてのみ感じられる現象ですが、近い将来スタートアップSaaSなどにも波及してくるのではないかと感じています。それは、カスタマーサクセスに求められる役割が変わりつつあるということです。本日の記事では、このテーマについての私なりの考えをまとめていきたいと思います。どうぞ最後までお付き合いください。

当初は「育成」にコミットしていたカスタマーサクセス

カスタマーサクセスは米国にあっては2015年、日本国内にあっては2018年ごろから普及してきた概念ですが。そもそもの発端としては、「商品購入後の顧客をほぼ放置していた」という反省から生まれています。日本にも旧来からポストセールス・既存セールスという役割はありましたが、セールスは明確な商談機会がないと顧客と接触しない(接触するきっかけがない)のが一般的でした。この影響で、顧客は購入したサービス・プロダクトを使いこなせずに、当該製品が継続して選ばれないという問題が生じていましたが、これに対するソリューションとしてカスタマーサクセスは市場に受け入れられていったという背景があります。

2018年から始まったカスタマーサクセスのムーブメントでフォーカスされたのは、

  1. 購買・導入目的を明確にして社内のコンセンサスを得る

  2. 契約したサービス・プロダクトが購買・導入目的を充足させ得ることを実際に利用するユーザーに認知してもらう

  3. 利活用のガイダンスを行う

などで、これは「顧客を育成する」英語で言うところのナーチャー(Nurture)に重点を置いていました。これは「顧客を自走させる」という表現で語られることもあります。

しかし、2020年代になり、スマホの普及やDXの推進が一般的になるにつれて、これまで語られてきたカスタマーサクセスの役割に疑問符が付くようになります。より先進的・前衛的な顧客、もしくは当該プロダクトの学習を終えた顧客は「育成は自分たちでできるので、それよりも成果を与えてほしい」と主張し始めます。テクノロジーの普及期においては、それそのものを使いこなすサポートをするだけでも意味はありますが、時代が進み、それが当たり前になってくると、人々はそれ以上のことを求め始めます。カスタマーサクセスにおいてもこの傾向はあり、「顧客を育成することがカスタマーサクセスの存在意義なのか?」という風潮が表れ始めました。

チャーンレート低下へのコミットメントがもたらすサクセス視点の欠如

もちろん「顧客の育成」自体がカスタマーサクセスの主要なミッションであることは今でも変わりはありません。しかし、一方でカスタマーサクセスの現場においても育成のみにコミットすることに対する疑問が芽生え始めます。それは、一方的に使い方の指南をしたり、そのために最適な組織設計や業務フローを整備するサポートをするだけで、本当に顧客の利益に資することができているのかという問いです。

実はこれは非常に本質的な問いであり、カスタマーサクセスの存在意義に深く関係しています。一般的にカスタマーサクセスは、解約率の低下にコミットすることを求められます。顧客の育成を頑張るのはそのためです。上述した1~3(いわゆるオンボーディング)に力を入れるのは、それが解約率の低減に寄与するからに他なりません。実際に私の経験でも、オンボーディングの改善・最適化はチャーンレートの低下にもっとも寄与します。

しかし考えてみれば、それは完全にサービス提供者側の都合です。チャーンレートの低下は事業を成長させるうえでなくてはならない思想ですが、この考え方においては顧客の利益は置いていかれています。カスタマーサクセスの現場に従事している人たちの中には、このことに対して漠然とした疑問を抱いている人が少なくないのです。

また、サービス開始から10年近く経過したメガSaaSは、すでに成熟したカスタマーサクセス組織を有しており、非常に優秀なチャーンレートを維持しているところも多く、すでにチャーンレートの低下と維持にコミットすることに限界を感じているところも現れつつあります。
特にある市場で認知度が取れ、多くのシェアを占めているSaaSにおいては「右へならえ」の感覚で導入を決める顧客も多く、明確な導入目的や意思を持たないままに契約した結果、解約はしないけど大して使えていないという状況に陥っているケースも少なくありません。

サービスを使いこなせていない顧客割合の増加がもたらす弊害

「大して使えていないけど解約はしない顧客」は一見すると大きな害にならないように思えますが、放置すると、じわじわと事業上の課題として顕在化してきます。もっとも大きな問題はエクスパンションしにくい顧客を増やしてしまうということです。

一般的に、サービス提供側はさらなる事業拡大を目指し自社のプロダクトを成長させます。その結果として、多くの周辺プロダクトや追加オプションが登場することになりますが、上記のような顧客の割合が増えると極めて追加購入の推進が難しくなります。この際、元のプロダクトとはまったく解決する課題が異なるものを提供するのであれば話は別ですが、通常、サービス・プロダクトを拡大する場合は、個々のプロダクトがお互いに価値を補完しあい、総合的に顧客の課題を解決するように設計するものです。このような前提に立った場合、起点となるファーストプロダクトを使いこなせていない顧客が増えることはゆゆしき問題です。1~2年単位ではその問題は対して顕在化しませんが、放置しておくと非常にリカバリが難しい問題へと発展します。

もしあなたのカスタマーサクセス組織において、

  • 自分たちのプロダクトが顧客に提供できる利益が何のかが未だにわかっていない

  • 提供プロダクトを使いこなせていない顧客の割合が増えている

  • カスタマーサクセスマネジャーが同じことの繰り返しで飽きてきている

という兆候があるのなら、それは要注意です。

カスタマーサクセスは成果創出にコミットする時代

「大して使えていないけど解約はしない顧客」の増加は、視点を変えれば「チャーンレートマネジメントによる事業推進の限界」と見ることもできます。優秀な水準のチャーンレートを維持し続けることに対する疑問を感じているのであれば、おそらくそれは正しい危機意識です。

このようなフェーズにあるSaaSベンダーがするべきことは、コミットメントポイントをチャーンレートの低下から、顧客の成果(アウトカム)創出にシフトすることです。「アウトカム」という言葉は英語で "Outcome" です。これは「成果」「実績」などと訳されることも多いのですが、私はB to B SaaSの場合、「ビジネス成果」と訳すことにしています。ただし、B to Cの場合はビジネスに限らないので、一般的にはそのまま「アウトカム」と表現することも多くなってきています。

私はカスタマサクセスが果たすべき役割は顧客にアウトカムを与えることだと思っています。実は前述したナーチャーはこのアウトカムを与えるための前準備に過ぎず、本来的にはここにコミットすることがカスタマーサクセスの存在意義と言っても過言ではないと思います。そもそもカスタマーサクセスは「顧客」を「サクセス」させるのですから、そのためには顧客に対して継続的にアウトカムを与えなければなりません。カスタマーサクセスの定義についてあまり考えてこなかった方々であっても、このことに反論する人はあまりいないのではないでしょうか。

そしてカスタマーサクセスのミッションが、「育成」から「成果創出」に変化しているのはグローバルではすでに見られている傾向です。このことは、私がカスタマーサクセスのメンターを務めている ALL STAR SAAS FUNDのブログでも書きました。

実は、自社が提供するアウトカムを見つけられていない

ここで考えなければならないのは、「自分たちが提供できるアウトカムとは何か?」ということです。世の中にはユニークで、かつ現場や経営をサポートするためのSaaSが多く存在しますが、自分たちのSaaSが提供するアウトカムを特定できているベンダーは意外と少なく、ほとんどは「われわれのサービスは顧客にいったい何をもたらしているんだっけ?」と自問しています。これは私のコンサル経験やカスタマーサクセス界隈の方々に話を聞いても明らかです。

このようなときにこそカスタマーサクセスは、

  • 自社のサービス・プロダクトが提供するアウトカムとは何か?

  • そのアウトカムをどうやって顧客にもたらすのか?

に向き合わなければなりません。一方でこれは簡単なことでなく、それ相応のエネルギーと時間を必要とします。前述のとおり、顧客に成果を与えるというカスタマーサクセストレンドは、米国ではもうすでに始まっており、サービス提供年数が長く、成熟したカスタマーサクセス組織を持つベンダーはすでに自社なりの回答を保有しています。ただ、それができているベンダーもさほど多くはなく、それを実現するためのノウハウが世に出てきていないこともあり、まだ多くのベンダーがこの実現を模索中なのです。いわんや日本においてはそのムーブメントすら始まっていません。(ただ課題感は持っています)

ムリしてアウトカムを特定しなくてもいいケースもある

このような論調を展開しつつも、一方で無理にアウトカムを特定しなくていいケースも存在するようです。それは、インフラやユーティリティー化してしまったサービス・プロダクトです。このように受け止められているサービスにおいては、ムリにアウトカムを特定する努力をせずに、単に顧客育成にフォーカスすることが得策な場合もあります。ぱっと思いつく例として以下があります。(個人の見解です)

  • 従業員への貸与スマホを一元管理するサービス

  • シングルサインオンサービス

  • QRコード決済

これらは世の中の進化の方向性として、「存在するのが当たり前」になりつつあるため、そこに対して無理にアウトカムを紐づけなくても、顧客が目的を見失うことはありません。特に関心を持たれないインフラ・ユーティリティとして安定して存在すれば、その使命は全うしているといえます。これは言い方を変えると、「その(安定的な)存在そのものがアウトカム」であるともいえます。

しかし、世の中、特に日本国内における多くの人はまだSaaSに馴染んでいません。このような状況下にあっては、(新たな価値をアピールするサービスであればあるほど)顧客に与えるアウトカムを特定する必要に迫られます。

アウトカムはどうやって特定すればいいのか?

これは私の最新の研究テーマであり、いくつかのメガSaaSから相談されている大きな課題でもあります。幸いなことに、一部のクライアントでアウトカムの特定が進み、ようやくアウトカムを特定する私なりの方法が見えてきました。これをまとめて世に公開することは、国内の(もしかしたら世界も含め)SaaS及びカスタマーサクセスにとって非常に意義のあることだと考えているので、ぜひ実現したいと思っています。

これについてはそのうち記事で公開するつもりですが、先行して11月に開催される「ALL STAR SAAS CONFERENCE 2023」でも語らしていただこうと思っています。(主催者側のリクエストでもあります)

最後はイベントの宣伝みたいになって恐縮ですが、アウトカムを特定するためのプラクティスの確立は、私の勝手な使命として直近で実現していきたいと思っています。「ぜひ知りたい」という方は続報をお待ちください。

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