10年ごとの現代史 ~極私的な経験を踏まえて~
現代史とはとても難しいものです。
なぜなら現在進行形なので、
「歴史の評価」が定まっていない。
例えばイイクニつくろうの「源頼朝」ならば、
その後の展開も合わせて考えて
「武士の世の中」が源頼朝の鎌倉幕府から
本格的に始まっていったのだ!と言えますよね。
1192年ではなく、1185年頃には実質的に
幕府の政治は始まっていったのだ…など、
「定説」を覆す研究も進んでいく。
…ところが「現代史」となりますと、
それがどのような「歴史的意義」を
持っていたのかが、まだわかりにくいのです。
例えば「WINDOWS95」の発売。
後から考えると、パソコンがいよいよ
世の中に普及していった画期的な出来事。
しかし、1995年当時に、そこまでの
大きな出来事だと認識できていたのか…というと
ちょっと疑問ですよね。
…でもこれは実は、
大昔の出来事であっても同じこと、です。
あまり関係のなかった庶民にとっては
「頼朝が征夷大将軍になる」ことは
そこまで大きな出来事ではないのです。
人によって違う。後からわかる。また、
後から重大事だと「語る人がいるからこそ」、
歴史の分かれ目に「なる」のです。
前置きが長くなりました。
本記事では、10年ごとの現代史を、
極私的な経験を踏まえて私なりに語っていきます。
もちろんこれらは、あくまで私の解釈の一つ。
私なりの語りに過ぎず、見方は無数にあります。
また、人の興味関心によって、
無限に語ることができる「現代史」であることを
ご容赦ください。
(ぜひ読者の皆様には「あなたなり」の
現代史を語って頂ければ…と思います)
≪1980年代≫
私はこの頃、幼少期。小学生時代。
子ども心に「上げ潮」「景気がいい」ことを
何となく感じておりました。
世の中は明るかった。
ドラゴンボールを探しに行くような。
ファミコンが世の中に普及していき、
ゼルダやドラクエやFFなどで遊びました。
外遊びも、もちろんしていましたが、
「友達の家に行き、自分が持っていないカセットの
ゲームで遊ぶ」ことも多かった。
思い返せば「コンピュータ」が「ゲーム」という
強烈な魅力を持って、子どもたちの間に
問答無用で普及していった時代です。
総理は中曽根さん、横綱は千代の富士関。
圧倒的な強者が各界にいた。
「ジャパンアズナンバーワン」のバブル景気。
アメリカ合衆国の土地を買った、などの話が
ニュースで踊っていました。
リゲインは「24時間タタカエマスカ」の
コマーシャルを流していた。
良く悪くも「昭和の最盛期、集大成」。
この繁栄が永遠に続くか、と思われた。
≪1990年代≫
私はこの頃、中学生・高校・大学生。
「時代の分かれ目」と言えば
1991年の「バブル経済の崩壊」なんでしょうが、
当時はそんなにはっきりとした
分かれ目ではなかったような感覚でした。
地方と東京とでは感覚が違う。時差もある。
ジュリアナ東京設立もバブル崩壊後ですからね。
地方では、1990年代前半は
まだまだ景気が良い感じ、でした。
…しかし95年、阪神・淡路大震災や
カナリアを持ってサティアンに
捜索しに進撃する機動隊などのニュースを見て、
「こりゃあ、どえらいことが起こってるな…」
と(ようやく)当時高校生の私は思ったものです。
大学時代に「拓銀」「山一」が破綻。
いつのまにか野党に落ちていた自民党が
社会党と組んで、与党に復活していた。
90年代は、総理がほぼ年替わりでした。
「WINDOWS95」が出たように、
ネットが通常に使えるようになりましたが、
私はそこまで重要性を認識していなかった。
就活の頃には「超氷河期」。
≪2000年代≫
私はこの頃、社会人1~10年目くらい。
やっとこさ新卒で就職できました。
超氷河期で、受けても受けても受けても
就職試験で落とされていた。
もちろん、業界研究も自己分析も甘かった。
「…この頃にLinkedInがあったら
違った就活になっていただろうに」
とは思うのですが、まさに後の祭り。
正直、会社には不信感しかありませんでした。
会社はいつかツブれるものだ、とさえ思っていた。
大企業の拓銀や山一でさえ
ツブれたのを目の当たりにしていたから…。
会社のほうも、求人してくる人は
いくらでもいるから使い捨てよう、という感じ。
「不適切な」昭和な上司が、たくさんいた時代。
ゆえに、自身に経験やスキルを貯めていき、
会社に「使われる」のではなく、
会社を「使っていこう」と考えました。
三年で辞め、貯めたお金で大学院に。
二年学び、東京の会社で教育系のお仕事に…。
ちょうど小泉総理の「ブッ壊す!」の頃で、
自民党というより「田中派」の財政基盤が
ブッ壊されていく頃でした。小泉劇場。
象徴的なのが「郵政民営化」です。
津々浦々にあった「平等」な郵便局が
「民営化」で統廃合、改革の波にさらわれた。
2000年代の後半、私は「仕分け作業」での
「一位じゃなくちゃいけないんですか?」の
ニュースを聴きながら、
「どの分野でも、すでに一位になっている人は
既得権益を必死で守るよな…」と思いました。
昭和からの「守る」雰囲気と
平成からの「壊す」雰囲気が
せめぎあっていたように、私には思われた。
≪2010年代≫
私はこの頃、社会人11~20年目くらい。
東京から、再び地方に移住しました。
それまでは「流れ鳥」のように
日本を横断するような移住をしていましたが、
この10年で「定住」を試みた感じ。
民主党政権からの再び自民党政権、安倍一強!
その分かれ目は2011年の「東日本大震災」。
私は直撃に遭いました。
この年、キャリアのブランクも経験。
特に東日本一帯では、それまでの生活が
一変するような激動の出来事でした。
「守る」から「壊す」そしてまた「守る」…。
小泉元総理以後、年替わりで
自民党三人、民主党三人と変わってきた総理が
しばらく変わらなかったのも、
世の中の「落ち着いて、総理は変えないで!」
という雰囲気を反映したように思う。
私もこの時期、今に続く現職の本業に就きます。
私はプロの専業ライターでは(まだ)ありません。
ライターではない本業をしている
「中年世代の複業クリエイター」です。
SNSでの発信を始めたのも、2019年のこと。
それまではほとんど何も書いていなかった。
まだ駆け出しのライターです。
≪2020年代≫
そして今へ、ですね。
SNSでの発信も約五年。
私なりに続けています。
…この年代は「現在進行形」ですので
読者の皆様に委ねましょう。
皆様の「10年ごとの歴史」はどうですか?
何が記憶に残っていますか?
どこが「分かれ目」ですか?
あなたなりの歴史を書くとしたら、
どのように書きますか?
※時代を反映する「謝罪会見」はこちら↓
※人の数だけ極私的な歴史は違います。
たとえ同じ時代を生きたとしても。
13人の方の自己紹介を私なりに解釈して書いた
『Inaoなリライト』はこちらから↓
※何十年もマンガ・アニメ・ゲーム界に
多大な功績を残してきた
鳥山明さんの記事はこちら↓
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