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シミュレーションを「シュミ」レーションと
誤字で書かれていると、つい
趣味レーションですか?」と
つっこみたくなる気になります(私だけ?)。

シュミではなく、シミュ。
英語ではsimulation。
simuはシュミではなく、シミュ。

本記事ではシミュレーション、
特に「ゲーム」について
書いてみます。
1980年代の『光栄』のゲームを題材に。

ゲームには、色々な種類がありますよね!

RPG「ロールプレイング」ゲームは、
ドラクエとかFFとか。
「アクション」ゲームは、指先の反応で
キャラをアクション、動かすゲーム。
スーパーマリオとか、スペランカーとか。
「アドベンチャー」ゲームと言えば、
『ポートピア連続殺人事件』や
『オホーツクに消ゆ』など。

細かく言えばもっと分類できますが、
とりあえずこの3つ。
シューティングゲームなどもある)

しかし「シミュレーションゲーム」は、
これらとはまた異なるイメージです。
代表的なヒットゲームと言えば、
『信長の野望』や『三國志』でしょうか。

では、シミュレーションゲームとは
どんなゲームなのか?

…一言で言えば「模擬実験」ゲーム。
もう少し詳しく言えば、
「何らかのシステム(や数値計算)に則り、
同じ法則に支配される他のシステムや計算で
試しにやってみる」
ゲームです。

…よけいにわかりづらくなりましたね。
要は「仮想的なお試し」
これをゲームに導入したのが
シミュレーションゲーム、なのです。

ここで、黒田幸弘さん、という方の
コメントを引用します。

彼は1979年、日本初とも言える
ゲーム・デザイン専門のプロチーム
『レック・カンパニー』を結成した方。
『クロちゃんのRPG千夜一夜』など
ゲームについて初心者にもわかりやすく
面白く説明する本なども出しており、
私も小学生~中学生の頃に、
ずいぶん勉強?させてもらったものです。

(ここから引用)

歴史派だったら、
歴史通りやればいいんだ、その他全て邪道だ。
データ派だったら、
データが正しければいいんだ、他は邪道だと。
(中略)
それに対してゲーム派は、ゲームとして
おもしろければいいじゃないか
と、
いじけるわけですよね』

(引用終わり)

黒田さんは80年代には「歴史派」「データ派」
そして「ゲーム派」の三つの派閥があった
、と
シミュレーションゲームについて語っています。
当初は、歴史派、データ派の力が強かった。
ゲーム派は、いじけていた。

…ゲーム業界が繁栄した後の後付けで考えれば、
「ゲームとして面白くなければ
ヒットしないでしょ?」
とは思うのですが、

もともとは「模擬実験」です。堅い。
それをゲームに取り入れたわけですから、
初期のシミュレーションゲームは
ずいぶん試行錯誤している。堅かった。

事実、1982年にはまず
「第一次シミュレーションゲームブーム」
が起きたものの、一過性のブームに終わった。

1980年、襟川陽一さん
ご自身の会社「光栄」でゲーム開発を開始します。
光栄は、現在の会社名で言えば
「株式会社コーエーテクモゲームス」。

襟川さんはアクションが苦手だったため、
「大人も楽しめるようなゲーム」を作ろう、
と考えたそうなんですよ。
そこで出てきたのが『川中島の合戦』
『ノルマンディー上陸作戦』
『コンバット』『投資ゲーム』『地底探検』
などの「シミュレーション」ゲーム。
『団地妻の誘惑』などアダルトゲームも出して、
「大人向け路線」の方向で進んでいました。

しかし、ブームはすぐに去った。

光栄のゲームはともかく、
追随した他社のシミュレーションゲームが
粗製乱造、できが悪かったんです。
『シミュレーション=難しくて面白くない』
というイメージが先行してしまった
そう。

そこで1983年に光栄が出したのが、
『信長の野望』初代。これが、ヒット!

ただ「初代」の段階では、
黒田さんの言葉を借りれば、まだ
「データ派」のゲームだったそうなんです。
純粋に数値によって戦わせ、
どうなるか実験するような要素が強かった。

このヒットで「歴史シミュレーションゲーム」
路線に舵を取った光栄は、
1985年に『三國志』を発売します。
これは「信長の野望」と似ていますが、
異なっていたのは、

「二百五十人ほどの武将から、
好きな人物を臣下として登用して
遊ぶことができる」点でした。

歴史そのまま、ではなく、しかし
データそのままを計算するだけでも、ない。
「ゲーム派」とも言うべき
ゲームとしての楽しみを追求していた。

模擬実験を、ゲーム上で行うことができた。

…曹操が関羽や張飛を臣下にできる!
…孫権が孔明を軍師にできる!

いわば、空想、妄想の世界
それを「ゲーム上で再現」できたんです。

襟川さんの言葉を引用しましょう。

(ここから引用)

『自分が戦国時代に、あるいは三国志の時代、
幕末の時代に生きているんだという感覚が
コンピュータ上に再現されるということ。
これが非常に大事な要素だと思います。

私はいつも
「人間ドラマ」と呼んでいるのですが
プレイヤーが演じる人間ドラマ、
プレイヤーはその主人公であるということ、
そのようなコンピュータゲーム世界を
作り出すために非常に重要な要素は、
キャラクター性だと思っています』

(引用終わり)

実際の歴史上の人物がどうだったか、
データがどうだったか、を越えて、
たとえフィクションのキャラであっても、
魅力を持った人間の「ドラマ」を
プレイヤー自身が主人公として
模擬実験を行い「追体験」していく…。

そこにこそ、面白さが生まれる!

個々のプレイヤーの「物語」を作らせて、
自分なりのストーリーを体験させていく。

ここには同時期に隆興していた
「RPG」的な面白さも考慮されていました。
光栄はその後『太閤立志伝』など、
RPG的な風味を加味したゲームを出します。
1997年には『三國無双』という、
アクションゲーム的なゲームも出しています。

「歴史派」「データ派」の枠に囚われず、
「ゲーム派」として、プレイヤー視点での
「面白さ」を追求していった…。
この姿勢が、
世の中に受けていれられていったのです。

『三國志』のヒットで、1986年頃から再び、
シミュレーションゲームのブームが起きました。
今では『信長の野望』『三國志』シリーズは
同社の代名詞とも言うべき不動の人気作です。

最後に、まとめます。

本記事では、日本のシミュレーションゲームの
「勃興期」について、光栄の事例を取り上げて、
書いてみました。

私も小説を書いておりますが、
一種の「ゲーム派」の精神に基づき、
フィクションのキャラにストーリーを歩ませて
「模擬実験」を読者の方に「追体験」して
もらえるよう、書いております。


読者の皆様の「物語」はどうでしょうか。
そこにはどんな人間ドラマがありますか?
未来へのシミュレーションは、いかがですか?

※ディーン・フジオカさんも
『三國志』『信長の野望』で遊んでいたそうです。

私の小説『人事屋シリーズ』はこちらから↓

ゲーム史につきましては、
さやわかさんの著書『僕たちのゲーム史』で
もっと詳しく書かれています↓

合わせてぜひどうぞ!

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