「ほんたうに言ひたきことは――」俳句幼稚園+ヒスイの失恋410字
「くちびるに言いたきことと葡萄のせ」
(くちびるにいいたきこととぶどうのせ)
季語:葡萄
『深紫(こきむらさき)の真相』410字
親友・レイコの指がかすかに紫色に染まっているのは、ふたりで葡萄(ぶどう)を食べているからだ。
「あいつ、浮気していたわ」
レイコは泣きながら言う。
私は、やっぱりね、と言わずに一粒食べる。
葡萄のつぶを口に入れている間は、言いたくない事を言わなくていい。
それから、
「あのね、営業の中村さん、心配していたわよ。あと、あんたの誕生日はいつかって聞かれたわ」
レイコはだまって、葡萄のしっぽから粒を取る。
私は枝のほうからとる。
指先が、途中でぶつかった。
ほのかに紫色に染まったふたりの指がおどる。
「中村さん……いい男よね」
「いい男ね」
「今すぐは無理でも、ウェイティングリストに入れておくべきよね」
「リストのトップにね」
ふふふ、とレイコが笑った。
デラウェア、巨峰、シャインマスカット。
レイコと私は困ったことがあると、葡萄をたべる。
ふたりとも色とりどりの皮の下に、ほんとうに言いたいことを忍ばせる。
『元気出してよ』
『ありがとう』
【了】(改行含まず403字)
「ほんたうに言ひたきことは葡萄皮」
(ほんとうにいいたきことはぶどうかわ)
季語:葡萄
#俳句幼稚園
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