「土曜の朝は、いまだ晴れ」第2話”彼の笑い声は、世界を渡る風のよう(ヒスイ)”
「午後から、雨が降るんだってー。笑えるよね、ヒロが車を洗うと、絶対に雨になるんだもん」
あたしがそう言うと、ヒロは笑った。笑うと、目じりにちょっとしわが寄って、かわいらしくなる。
「ほんとにそうだよなー。僕が車を洗うと、雨が降る。的中率90%以上のジンクスなんだよね」
でもつぎに、彼はかわいくないことを言った。
「洗車のジンクスはもうひとつ、あってさ。僕がカノジョの車を10回洗ったころに何かが起きる。いいことも悪いことも。
歴代のカノジョ全員が、そうだったんだ」
「へえ」
と、あたしは紙コップに入ったカフェオレを飲んで答えた。
彼はちょっと外をのぞき込むようにして、車の様子を見た。車はまだ泡だらけで、洗車の途中だ。
ついでみたいに、続けて言う。
「元カノのときは、11回目の洗車を断られたんだ。車を洗う別の男ができたから。
前カノとは、10回目の洗車が終わったあとのドライブで、大げんかをして別れたよ」
ふうんと言ってから、あたしはぼんやりとテレビを見ながら、指を折って考えた。
あたしの車を洗うのは、付き合い始めてから何回目かな。
やべ。
今日が10回目じゃん。
あたしは手の中の紙コップを握りしめる。カフェオレは、冷めかけている。
彼は車の様子にうなずいてから、こちらを見た。
「そのコーヒー牛乳、飲まないの?」
「コーヒー牛乳? うちのおじいちゃんみたいな言い方ね」
彼はまた笑う。ヒロの笑い声は、夏の空みたいだ。
透きとおっていて、いつもどこかから風が吹いている。
この世の果てから来て、この世の向こうへ吹き抜けていく風みたいだ。
あたしは、この風の匂いが、大好きだ。
そのとき、待合室のドアが開いた。
ほのかにガソリンの匂いがする。
男の声が聞こえた。