「縄文不動産」に見るローカルな歴史を価値化する方法
住みやすい家は地域によって違う
突然ですが、住みやすい家って聞いたら皆さんはどんなものをイメージしますか?
仕事柄、北は北海道から南は沖縄までいろいろ地域へ出張するのですが、この「住みやすい家」というのが、地域によって違いがあるなーと感じることがあります。
ちなみに、僕の場合にはこれを体感したのは幼少期のころです。祖母は北海道の小樽に住んでいたのですが、当時自分が住んでいた東京中野区の住居と比べると、とにかく部屋を温かくする工夫が随所にある。あと、雪対策。東京はめったに雪が降らないので、そういった設備がありません。子どもながらに、なんでこんな形なんだろう?とか、祖母の家と自分の家の違いを感じました。
ちなみに、北海道あるあるですが、北海道は寒いのが基本なので防寒対策への熱意がすごいので、結果的に寒さに弱くなりがちです。北海道から転居した人が「東京の方が寒いよ」みたいな現象があります。寒いところにいるから、寒さに強いわけではないのです。
それはさておき、つまり、住居ってのは地域性が強く反映しています。ある地域で住みやすい家は、他の地域では必ずしも住みやすいとは限らない。個人のライフスタイルはもちろんですが、地域環境が与える影響もまた無視できないわけです。住居に注目すると地域の違いが分かる。そんな存在でもあるのです。
そんな、住居を切り口にして歴史を楽しむ面白い企画があります。それが今回紹介する「縄文不動産」です。今回は、「縄文不動産」をヒストリカル・ブランディングの視点で解説する企画になります。
縄文不動産とは何か
縄文不動産とは愛知県の豊田市博物館にて、2024年10月12日〜12月8日に開催中の開館記念展 「旅するジョウモンさんー5千年前の落とし物ー」にて、企画されたものです。簡単に説明すると「生活の中で身近な「物件探し」と「縄文時代の住まい」を組み合わせて、歴史資料に興味を持ってもらうための仕掛け」です。
ホームページでも楽しめるようになっていまして、下記のサイトから確認できます。
縄文不動産は、知る人ぞ知るコンテンツとして話題になってきておりまして、美術評論家連盟会員の市原尚士さんが下記のように記事にまとめておられます。
市原さんの記事にも出てくるのですが、この企画は豊田市出身のデザイナー・武穂波さん(たけもしデザイン)が博物館に提案されたことからスタートした企画です。そして、武さんが縄文不動産のアイデアを実現させるために参考したものの中に、僕の名前と書籍『ヒストリカル・ブランディング』も出ています。実は、僕と武さんは歴史仲間なので、時々一緒に仕事をしています。
この縄文不動産については、完全に武さんが企画されたもので、僕は具体的な形では参加していません。ですが、この企画はヒストリカル・ブランディングの事例としても、とても良いものだなと思っています。
ちなみに、縄文不動産制作の裏側については、たけもしデザインさんご自身がnoteで解説しています。大変勉強になるので、ぜひ一読されることをお勧めします。
本人が解説しているのに、僕が追加で語る必要はあるんかいな?と思う人もいるかもしれませんが、1つの企画を色んな視点で見ることがより理解が深まります。経営学も経営者がいるのに論じますからね。なので、僕の視点から解説することも意味はあるでしょう。
ヒストリカル・ブランディングの視点①ー歴史による地域ブランディング志向
今回の企画について「「あなたの住む場所(アイデンティティー)は素晴らしい!」というメッセージに歴史を翻訳して、実際に暮らす人の愛着や誇りの一助にしたい」というものがあります。この企画ですが、縄文不動産に触れると、自分の地域は縄文時代にこんな物件があったんだ!という楽しさに繋がります。これは、自分の地域への関心を高めると共に自分たちの地域と他地域の違いについて歴史を通して実感できる仕掛けにもなっています。
つまり、この企画は縄文不動産という歴史を通じた地域ブランディング施策にもなっています。愛着や誇りの一助にするというのは、インナーマーケティングの発想です。拙著『ヒストリカル・ブランディング』において、インナーマーケティングと歴史の相性の良さについては指摘しているのですが、それが実現されているなと思いました。
ヒストリカル・ブランディングの視点②ー現代的価値で歴史的価値に興味を持たせる
ヒストリカル・ブランディングにおいて、歴史を社会実装させるためには現代の人たちから見て価値を感じてもらえるようにする必要があることを示しました。歴史とは過去のことですから、ある程度の歴史的素養がないと生身で出されても理解するのは難しいです。そのため、歴史と現代のギャップを埋めるための工夫が必要になります。
縄文不動産は多くの人が引越しなどで経験している身近な不動産という方法で、歴史を分かりやすく伝えています。いわば現代的価値で歴史を表現することで上記のギャップを埋めようとしています。
ここで重要なのが、現代的価値といってもそれが歴史へと繋がっていることです。歴史的考証を無視して、何でもかんでも面白おかしくしてしまうと歴史とのギャップが生まれてしまうため教育的効果が下がってしまいますし、何より歴史の固有性が無視されると他との差別化もなくなってしまいかねません。
ヒストリカル・ブランディングの視点③ーマーケットタイによる共創の可能性
著書の「ヒストリカル・ブランディング」では、歴史が強みを持つ観光地の魅力創りとして海外の観光地経営理論にある「マーケットタイ」という概念を紹介しました。詳しくは本を読んでもらえればと思いますが、簡単にいうと「関係性の強化」です。最近よくいわれる関係人口なんかもこの概念に含まれます。
縄文不動産は武さんや美術手帳さんが仰るように、全国展開が可能なモデルです。縄文時代の住居跡がある地域なら参加できます。ここが面白い。
まず、縄文遺跡単独で戦おうとすると三内丸山遺跡とか単独ですごい場所があります。ですが、全国にはそれほどの知名度はないまでもローカルな視点からすれば面白い縄文遺跡があります。ですが、それらの多くはそれ単独では訪問需要を創造するほどにはなっていないのが実情でしょう。
ですが、ここでみんなで「縄文不動産」というブランドで連携したらどうでしょう?住居単独で見たら同じ施設であっても、そこに地域性や立地が入ってくるとローカルで違いが出てきます。そうなれば、建築としては同じでも文脈が違うので個性が出てきて差別化ができるようになります。
縄文不動産に興味を持った人なら、色々な地域に行ってみたくなるでしょう。つまり、縄文不動産を基にして色々な地域が関係性を構築することができるわけです。そして、興味を持った人が色々とめぐることになる。仲が良くなった地域や博物館があればコラボイベントしてもいいですし、例えば、縄文時代における人の移動を縄文不動産を軸にして体感する縄文引越しツアーなんかできるかもしれません。
縄文という歴史によって、今まで縁もゆかりもなかった地域同士が繋がる可能性があります。歴史には関係構築する力があります。
歴史を楽しもう
色々と分析しましたが、この企画の一番すごいことは「歴史を楽しもう!」を実現していることです。一番最初のきっかけはやっぱり楽しいだと思います。今でこそ、歴史について色々と語っている僕も、最初は横山光輝三国志を読んで面白い!!となったのがすべてのきっかけでした。その後、勉強する中で「あー、これは演義といって本当の歴史というわけではないのか」みたいに歴史そのものへの関心を高めていきました。
歴史の楽しみ方は、何も文化財や教科書に掲載されている偉人だけではありません。縄文不動産の主人公は「名もなき人」ですしね。
この企画が広がってくれると面白いことになるんじゃないか。そんな風に僕は思っています。
そして、縄文不動産に限らず全国で歴史にリスペクトを持ちつつも思いっきり楽しむ方法が世の中に出てきてほしいと思いますし、私自身もそのプレイヤーとして頑張っていきたいと思っています。
※参考図書